第180話【勝利の美酒と敗北の苦汁その3】
凄まじい怒号に混じり『チッ。相変わらずうるさい奴だねぇ。吠えるだけしか脳のない犬みたいだしさ』
と、舌を弾く乾いた音がニッシャの耳へと微かに届く。
常時気だるそうな声のトーンに加えて、数年前よりも格段に増した〝魔力〟と〝ウザさ〟。
突如、風が勢いを増すし瞬きの間もなく、神出鬼没の如きセリエが目の前へと現れた。
煽りに煽るニッシャの右拳が〝対象〟へと寸前の所で留まるのは、どうやら風魔法が邪魔をするからだった。
ニッシャは燃ゆる炎を閉じ込めた様な朱き瞳を細め
『くそがくそがっ!!大体よぉ、お前みたいな陰湿な奴が多いから〝魔法〟は嫌いなんだよ!男なら〝拳〟だろうがよおぉぉ!!』
正常な右拳のみでの乱打を、眼前のセリエの周りを漂う〝風〟へとぶつける。
攻撃的な殺傷能力もないソレは、いわば強大な威力を殺すための緩衝材に近い。
威力を殺し肉体を殺さず――――それは、緻密かつ繊細な〝魔力操作〟を行えるから。
精霊を手中に納める実験体として与えられた、
紛れもない〝鍛練〟のおかげである事を、ニッシャの拳を止めた魔法が十二分に物語っている。
同じ出生にも関わらず、こうも違うものか?――――否、圧倒的な実力差の壁が両者の間にはあった。
だが、火を見るより明らかな事実でさえ認めないのが、彼女の良い所であり
『んの野郎っ……嘗めやがって!!私をいつまでも下に見ている何て、平和ボケも極まってんな!?』
ニッシャの性格を簡潔に述べれば、物事に熱くなりやすく、とてもとてもキレやすい事。
それは、相手が壊れるか暴れ狂う腹の虫が収まるまで永遠と続く。
顔は真っ直ぐ正面を向き、後方にいる一般人やドーマ達、
『私は今、この場で
朱髪が逆立ち熱くなるニッシャの怒声をも、セリエは冷静かつ適当に即答する。
『悪いがめんどくさいから、〝今〟〝この場〟では遠慮しとくわ~』
『あ゙ん゙?逃げんのかテメェ!?早く顔出せよゴラァ!!』
地団駄を踏むニッシャは、両拳を強く握り締め、殺傷能力全開の一撃を何度も何度も繰り返す。
常人には〝一発〟程に見える物でさえ、実際には〝十数発〟も打ち込まれている。
数秒間で数百を越えた辺りで、ふと、体の違和感に気付く。
(ん?私の手が熱くないのに燃えているような。まぁ……いいか。腕が2つ有れば倍だからな)
単純単細胞脳のニッシャは、些細な変化など気にも止めなかった。
知らず知らずの内に、砕けた左手を〝蒼き炎〟が包み込んでいた事に――――。
そんなニッシャを他所に、両肩を掴んで申し訳なさそうに顔を出す〝一輪の炎〟隊長ドーマ。
誰も側に寄れない状況でさえ平然と行き、あろうことか
『おう、二人とも久し振りだな!!その後、〝例の調査〟はどう……』
刹那――『お前は黙ってろ』と言わんばかりの、殺意が込められた裏拳が、満面の笑みをしたドーマへと炸裂する。
自らが壊したのにもかかわらず、
生身の肉体へ当たる嫌な鈍い音が、静けさ漂う店内へと響く。
しかし、光速で頬を鋭く捉える拳をものともせず、実に明るくフレンドリーに旧友へと挨拶をする。
『ニッシャにセリエ、相変わらずの手荒い対応どうも!。こっちは楽しくやってるぞ。ところで混ざりに来たのか?』
とても〝楽しそうに見えない〟上に、少しだけ喋り辛そうに口を開くドーマに
『悪いねドーマさんよ。ノーメンの旦那は、知っている通り四六時中こうだ。相棒に任命された俺も手を焼いているんだが……おっと、危なく忘れる所だったな――――』
セリエは一糸乱れぬ口調で、胸裏のポケットから一通の手紙を渡した。
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