第175話【VS〝一輪の炎〟圧倒的な格の違いその9】

 事、対危険種を相手にした戦闘経験においては、あのドーマにも引けを取らない。


 故に、魔法が使える〝だけの人間程度〟にじ伏せられるのは、有り得ない――――


 いざ蓋を開けてみれば、されているのはニッシャであり、想定外の結果に奥歯を噛み締める。


 鈍くつぶされたような音と共に、呼吸と同じくして口元から吐血する。


 この試験は一種の〝勝負事〟である前に負けたが最後、と宣告されているに等しい。


 あれだけ大口を叩きながら、咄嗟に〝敗北〟の文字が脳裏へと浮かぶ。


(くそっ、何で私が〝力比べ〟で負けてんだよ……!)


 考える間にも背中全体が地へと着き、自身を上回る力で徐々に押し込められていく。


 ダメージと再生を繰り返しながらも、軋む骨の音は体中に響き渡り。


 身体を強く打ち付けられ、地鳴りを上げる空間は場を揺らす。 


 命を賭した鬼気迫る勢いの中で、ほんの些細なある事に気が付いた。


 その朱眼に映るは、怒りとも悲しみとも取れる銀の瞳。


 以前、どこかで見た気がした――――


 それは、〝施設にいた頃の自分〟に良く酷似している。 


 ぼんやりとしていて、心の奥底では笑っていない。


 淡々と繰り返される〝非人道的〟な実験に耐えていた時と同じで……どこか

 

 まだ、誰にも認められていないのに――――こんな所で、負ける訳にはいかない。


 必ず〝精霊〟を使役し、自身が〝生まれた意味〟を探すために……


 獣にも似た低く唸り上げる声が、ニッシャから発せられる。


『ん゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙っ!!』


 自らを鼓舞する全力の反撃でさえ、1mmも押し返す事が出来ずにいた。


 しかし、誰が見ても絶体絶命の状況でさえ、燃ゆる闘志は消えてはいない。


(勝つ……殴って勝つ!絶対に、絶対にだ!!)


 強く信じ込みながら心に誓うも、気合いや根性だけでは結局どうにもならない。


 そんな事は本人が一番分かっている――――


 明確な敗北が想像出来ていても、諦め切れないのは、〝〟。


 目の前で必死に抗う姿を見たレミリシャルは、機械音の様な単調な声でニッシャへと囁き問う。


『〝生まれながらに孤独〟と〝生まれてから孤独〟――――どちらがだと思う?』


 今でも消えてしまいそうな小さな声が確かに耳へと届き、ニッシャは考える余地もなく答えた。


『〝孤独が嫌だ〟とか〝他の選択肢を羨む〟気持ちは確かに分かるよ。私だってって奴に生まれたかったよ』


 血を吐きながら劣勢を強いられながらも、


『……けど、それは無理な願いだ。ふと周りを見渡せば、私を〝拒絶〟している誰かの視線が四六時中見えたりしてさ。その度に暴れてはドーマに叱られたっけ?……』


『フフッ』と含み笑いをするニッシャに対し、優勢な筈のレミリシャルの心は僅かに動揺していた。


(何、この表情は?明らかに不利な状態でさえ、


『何なんだよ、さっきから。実験生物如きが人間を語るな!』――――と、激しく罵倒したかった……しかし何故だかそれは口にできなかった。


 条件次第では深い傷跡や失った腕でさえ、再生するニッシャの肉体。


 対して、レミリシャルの手や腕には、修行のせいかによる生傷がたえない。


 現在進行形で痛々しいそれは、着実に増えている。


 こんな所で、根を上げたくない、その気持ちは日に日に強く増していく。


〝一輪の炎〟への入隊は、〝ノーメン〟を殺すための踏み台に過ぎない。


『――――だから、あんたみたいに足や腕が取れようが、元通りに戻る〝複製品〟とは違う。一度でも傷を負えばたとえ表面上で消えようとも、その〝痛み〟は一生残るんだ!!』


 心の奥底に眠っていた怒りによる相乗効果なのか、ニッシャの体は完全に地へと沈む。


『あ~、私が言いたいのはさ……孤独に酔いしれて籠らないで、。後悔しねぇように前へと進むためのな!!』


 太陽の様な温もりさえ感じられた〝満面の笑み〟の直後――――


 眠っていた潜在的な力なのか?

 又は、〝別の何か〟が起きたためか?


 真実は定かでは無いにしても今度は反対に、勢い良くレミリシャルが押され始めていく。


 2人の体勢が拮抗したと同時に、地中の右足を力ずくで引き抜くニッシャ。


 その後、己が血で染まる足で踏み込みながらも、交じり合う指全体に万力の如く熱を込め押し返す。


(コイツ、自身に掛かる肉体の負荷をかえりみずに、


 思いが紡いだ反撃により、半ば消えかけていた灯火は再び激しく燃え始める。


 怒りに任せたレミリシャルとて、決してあなどっていた訳ではない。


 髭面隊長ドーマから、話に聞いていた〝自意識過剰〟〝自由奔放〟な彼女ニッシャに、死なない程度の御灸おきゅうを据えるつもりだった。 


 しかし、現在の状況下は想像と結果は大きくかけ離れていた。


 仮に全力の魔法を使用したとしても、


 脳裏に確固たる敗北の姿を描くほど、決定的な違いがあるからだ。


 それは〝凄惨な過去に囚われず、常に自分自身が前を向く〟事。


〝日々の中で心の器を成長させ、与えられた役割よりも存在価値を追い求めていた〟事。


 レミリシャルには、それが足りなかった――――否、


 考える余地もなく理解が追い付かず『分からない。知りたい。どうして?』と、無数の声が頭の中で暴れまわる。

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