第172話【VS〝一輪の炎〟圧倒的な格の違いその7】

 

 この時点でクレスの〝興味〟は無防備なレミリシャルから、高飛車なユリシャへと移る。


 両者は目で会話をしているかの如く、瞬きの一つもしていない。


(意外とこの2人は気が合いそうだな……。何だかんだ私が邪魔みたいだね)と、窮屈になるレミリシャル。 


 そんな寄りどころのない後輩を察してか、親切かつ丁寧な嫌みを放つ先輩。


『後輩ちゃんは、気付いてないだろうから教えてあげるけど、悪趣味の〝黒縄こくじょう〟ならもうとっくに切ったわ。泣きべそかきながら


 クレス、レミリシャルから目線程の高さの足場を利用し、ここぞとばかりにふんぞり返るユリシャ。


 そんな優しい忠告を〝全無視〟し(この人、如何に自分が見下せる位置に立てるか)と、尊敬すらしないレミリシャル。

 

 そうとは露知らず『決まったわね……』と小さく呟きながら、鼻息荒く睨み付ける様にクレスを見下す。


 気品かつ常に〝美〟を重視しながら、華奢で短めな指を精一杯伸ばす。


『あなた……。私のセリエ様には遠く及ばず共、顔だけが良いのは褒めるわ。だけど、が少し調子に乗りすぎじゃないかしら?』


 と、を掛けながらも、綺羅日きらびやかな装飾が施された日傘を、忙しなく時計回りに回していた。


 そんなユリシャの言葉に、己の――――否、〝種〟としての誇りが許せなかったクレス。


 内から溢れる静かな怒りを隠しきれず、流動する炎が無差別的に再び辺りを包み込む。


 足元の地は一面を灰と化し、漂う空気さえ吸い込むのは卓越した者でさえ難易である。


 しかし、ユリシャはを取っていた。


『あら、。日焼け止め多めに塗っておいて正解だわ。あ~暑い暑い』


 何処に仕舞っていたか疑うほどの大きな扇子を、日傘を差しながら扇ぐユリシャ。


 既にクレス自身は摂氏〝千度〟を優に超えており、余裕所か平然と立っている人間は主を含めてだった。


『ほぉ、が良く言ったものだ。よもや、〝対等〟或いは自身が〝格上〟だと思っていると?』


 クレスの言葉に対し、膝を抱え鼻を鳴らすユリシャは、余裕の微笑みで一蹴する。


『生憎だけど、こう見えても私……其処そこらの有象無象とは、比べ物にならない位に強いわよ?』


『己の底が見えぬ者ほど、饒舌じょうぜつに振る舞い抗えぬ好奇心に殺される。何故、そうまでして死に急ぐ?。我には分からぬ……それは〝仲間〟とやらの――――?』


『いいえ、違うわ!!』


 クレスの言葉を遮る様に、〝唯我独尊ゆいがどくそん〟我が道をとことん突き進むユリシャは、独自の持論を語る。


『想像しうる限りの過去や未来……全世界のどこを探しても〝弱い者苛めをして良いのは、この私一人だけ〟。これが答えだけど何か文句あるかしら?』


 あまりの〝自己中わがまま〟発言に一瞬だけ時が止まる。


 それを聞いたクレスとレミリシャルの意見は、奇跡的な確率の中で見事に一致していた。


 一体この〝人間ひと〟は、何を言ってるんだ――――と。


 それでも意を介さぬクレスは、ユリシャの立つ岩壁へと飛び乗る。


 そして、体中の魔力を高速回転させた〝獄速焔迅ごくそくえんじん〟の構えを取り、声高らかに挑発をした。


『……つくづく人間とは面白い生き物よ。見せてみろ、〝その言葉に己が見合っているのか〟をな!!』


 対するユリシャは、開戦の合図の様にお気に入りの日傘を胸へと仕舞い、扇子を一枚ずつ丁寧に閉じながら


『本当に血の気の多いって奴は――――〝品〟がなくて〝無粋〟な輩が多いわね』


 と、巧みな言葉遣いや面妖な手の動きにより、殺気立つクレスの気を自らへと逸らす。


 理由は後輩が巻き添えを喰らわないように、〝魔法壁じょうがい〟へと逃げる時間を稼ぐため。


 意図にいち早く気付いたレミリシャルは、一目散に場を後にした。


(あの人、相変わらず癖強いな……私の出番が終わったのは悔しいけど、ここは先輩とやらに花を持たせてあげよう)


 バレない様に小さく頷きながら心で決意した直後、ドーマ達のいる〝魔法壁〟へと走り出す――――


 が、レミリシャル自身忘れていた存在……その、


 眼前で威圧的な態度を放ちながら指や首の間接を爆発的に鳴らし、鋭い朱眼で睨みを利かせている。


 本人自慢の腰程まである朱髪をなびかせ、口元は喜びに満ち溢れた笑みを浮かべていた。


 その者は身体能力と再生能力、共に噂通りの化物級、通称〝呪われた子〟――――〝お座り〟から解放されたニッシャだった。


 暫く観察してなまっていたせいか、柄にもなくお喋り全開であおり出す。


『無機質で何の変哲もない〝マスク〟で周りが見えませんでした。ってか?私を忘れてもらっちゃ困るなぁ~!!』


 軽やかな口調とは裏腹に、血管が張り裂けそうなくらい眉間を震わせており、その左拳は力強く握られていた。


(焼けた顔が綺麗に再生されている……。やはり噂通りの化物具合だね。levelにしないと死なないみたい)


 あらゆる思考を巡らすレミリシャルと、はらわたが煮えたぎる程に怒り心頭のニッシャ。


『私から逃げよう何て考えない事だな。それこそ〝〟からな!?』


 強い意思で吠えた言葉のせいか、魔法壁が揺れる程の勢いだった。


 時を同じくして、地面を抉り取るように足跡が形成され、両者の距離5M弱を――――


 僅か、1で殺傷性の極めて高い〝拳圏けんない〟へと接近。


 そして偶然は幾度も重なり、安全地帯にいるドーマが思い出したようにこう呟いた。


『あっそう言えばアイツ……。腕無かったよな?』


 と、自らの指にを宿し、正に今この時に、拳を振りかざすニッシャへと放った。


 数種類もある炎の性質は、〝火速炎迅かそくえんじん〟を軸とした〝炎武えんぶ〟の中で唯一、を飛躍的に高める魔法。


炎武えんぶ七の段‐漆火蒼炎しちびそうえん


 〝壁将テンザ〟渾身の魔法壁を、音速を超える速さでニッシャの肘に着弾。


 元来備われた特殊細胞と高速結合した事により、失われた腕が瞬時に形成される。


(ドーマ隊長の〝治癒の炎〟があるとはいえ、失った腕を……再生……?いくらなんでも馬鹿げた速さ――――)


 レミリシャルの中で動揺も思考も中途半端な状態で、握り固められた拳はマスク越しながらも頬に直撃――――


 せずに寸前の所で後方へ辛うじて退いた。


 若年ながら〝一輪ひとわえん〟所属は、流石の反応速度ながらも、よろめきながら手で右半分の顔を覆う。


 特殊加工されたlevel-Ⅲ素材のマスクは半壊しており、自身が世界で最も嫌う〝顔〟があらわになる。


 そこに追い討ちを掛ける様に、ニッシャの何気ない言葉が、平静を装っていたレミリシャルを


『やっと、隠れてた可愛い顔が出たじゃねぇか。ん?……何だ、そのデッケェ〝〟は……?』


 ――――ニッシャがそう言うのも無理はない。


 レミリシャルの顔には、右のこめかみから斜め左下に向かって、幅3cm台の傷が深々と刻まれていた。

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