第171話【VS〝一輪の炎〟圧倒的な格の違いその6】

 クレスの魔力は底知れずの〝無限〟……よって、これから繰り出される全ての魔法は――――〝&〟が織り成す一方的な物となる。


 両者の距離は多く見積もっても8Mが良い所であり、第一波が直撃までの時間およそ5秒弱。


 互いの感覚が極限に研ぎ澄まされた状況下、全てを平等に刻む時の流れは自ずと鈍くなる。


(くそっ、戻るも止るも地獄……なら、ひたすら前へ突っ走るしかないね)


 決して止まぬ大量の武器の雨を受けきるとて、使用できる魔力は限られている。


 なら、根源である本体を直接叩くしか手立てはなく、特殊な眼を持つレミリシャルさえその判断は容易でない。


 目の前の事柄ばかりに気を割き、視界が悪くなればその分、圧倒的な劣勢を強いられる。


(私の中の〝魔法貯留〟は、まだある。〝今は〟消せないとあれば、最悪を使う)


 動かなくなるまで足に力を、握れなくなるまで拳に力を、一つ一つの全細胞に命令しろ――――〝私は一人で何でも出来る〟って。


〝直撃まで残り4秒〟


 頭上に迫りくる物等、気にも止める事なく全力で駆けた。


 瞬きの間に急接近し、身に纏うローブを前方へ投げ、クレスの視界を制限する。


 この場において咄嗟の判断は〝無駄な抵抗〟〝火に油を注ぐ〟――――機転ではなく無意味でしかない。


『知略もない目隠しとは、追い込まれた〝人間〟程、何をするか分からないもの。だが……それがどうした?』


 クレスは構えを解く事なく、燃ゆる身へと触れた瞬間に無残と散るローブ。


 その先には、右拳を振りかざすレミリシャルが現れた。


 捨て身の攻撃に対して、自らは全身に〝炎〟を纏えば、降り注ぐ全てを溶解出来る。


〝有限〟の時を生きる〝脆弱ぜいじゃく〟な人間等、もはや恐るるに足らず。


 クレスは数々の死闘で、己の本質を溶け込ましていた。


 弱者ではなく強者に飢え――――いつか巡り合う命を脅かす存在への感謝と喜びを……。


〝直撃まで残り3秒〟


(ほぉっ、捨て身覚悟で此方へ向かってくるか……無論、想定通りだ。死地へと足を運ぶ者に答える。それも情けと言うもの!!)


 意思に反して全身の毛が逆立ち、抑えきれない程の身震いさえ覚える感覚。


 拳が直撃する刹那、この世に誕生して以来はじめてクレスは、


 その光景を目の当たりにしたレミリシャルは

(えっ?。自分が優位な立場だからって笑ってる……気持ち悪い)


 と、心の中で少しだけ、ほんの少しだけ引いていた。


 しかし、


 魔力の流れを読み取れる銀眼は、再び足元に集中している〝何か〟を感じ取った。


 その嫌な予感は、見事に的中となる。


〝直撃まで残り2秒〟


『悪いが、小娘よ。命を賭した勝負において〝卑怯〟だとは言わせぬからな?』


 ――――〝焔武えんぶ二のかい-黒獄縄焔こくごくじょうえん


 クレスが再び魔力を注ぎ込み、地から四方に伸びた熱鉄の縄が現れた。


 その中心にいるレミリシャルの四肢を、一分いちぶの隙も与えず強制的に縛る。


(やっぱり、馬鹿みたいに正面から突っ込めば、当然……こうなるよね)


 頭の切れる人間程、物事の諦めは早い。

 それは、からだ。


 人間に備わる〝五感〟が有るが故に、聴覚は既に機能破壊。


 一呼吸で鼻腔を刺激し何とも言えない吐き気と、痛覚による自らが焼けている肉の臭い。


 そして、武器の軍勢およそ数千により、狭き空間にひしめき交わった無数の金属音。


 視覚せずとも分かる程の〝そこにある死〟と言う、どうしようもなく抗えない現実。


(あー、人が敷いた〝自由を失うルール〟何て馬鹿正直に守らなきゃ良かったよ。まぁ、もう一人だけど……)


〝直撃まで残り1秒〟


 最早、絶望だと思われたその時――――両脇の岩壁を大きく削り取る一撃が放たれた。


 レミリシャルとクレスの頭上ギリギリを狙ったそれは、寸前の所で〝発生源〟を遮断。


 継続的に四肢を焼き縛られながらも、僅かに動く首を横へ向ける。


 岩壁の上部へと悠然に立つその人物は、日傘を差しながらも自慢のドレスを揺らしながら言った。


『〝強く〟〝美しく〟〝雅な先輩ユリシャ〟は、弱っちくて頼りない後輩レミリシャルを守る者よね?』


 傲慢乙女ユリシャを見たレミリシャルは、感謝の前に深い溜め息を吐いた。


(はぁ……ギリギリを見計らって来たくせに、それが言いたかっただけでしょうに……)


 只ならぬ気配を感じ取ったクレスは『〝弱き者ほど良く群れる〟とは言った物だが……それは間違いのようだな』


 と、ユリシャを見て再び笑みを溢した。

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