第170話【VS〝一輪の炎〟圧倒的な格の違いその5】

 顔は炎によりただれ、両手で覆う指の隙間から煙が噴出。


 クレスから発する熱により、蜃気楼の様に辺りが歪んでいる。


 奇しくも不幸中の幸いが起こり、全速力で走ったお陰で自慢の朱髪は被害を受けずに済んだ。


 それでも、〝超高温〟をまともに食らった美顔は、足型の焼け跡が特殊細胞により徐々に元通りとなっていた。


 何も知らぬ人間が見れば、卒倒してしまいそうなグロテスクな容姿でさえ、ボヤけながらも対峙する二人を見て呟いた。


『あの火力じゃぁ、私か髭男ドーマじゃなきゃ消炭になるな。あれはまるで〝〟みてぇに底無し……って、考えすぎか』


 人並み外れた回復力と炎の精霊の器のために生まれたニッシャでさえ、通常と同じ様にダメージは負う。


 現状、失ったものを元通りには出来きず、ドーマの細胞レベルで再生は可能……といった所。


〝昔の嫌な記憶〟と〝炎に対する憧れ〟を持って、少しだけ笑いながら言った。


『くそっ、施設に居たときの高圧電流や超熱焼鏝しつけよかマシだけど、〝炎〟は痛ってぇな~……』


 徐々に明瞭になる視覚は、互いに構えを取り一際燃え光る赤色と、華奢な体を包み込む

 黒色ローブを捉える。


 両者、一歩も引かずに相手の出方を伺っている姿が目につく。


 嗅覚に長けたニッシャは、何とも焦げ臭く個性的な臭いが鼻についていた。


クレスって奴もまともじゃねえが……あの女は、同格位にまともじゃなさそうだ』


 ヒリつく肌の感触を手で触れながらも、胡座を掻いてその光景を眺めていた。


 燃えた右腕も自然と止血され、痛覚はない――――痛みって言うのは、に等しい。 


『流石に巻き添え食らったらめんどくせぇな。、交ざってやるか……今の私、まるでお利口さんの犬かよ』


 ニッシャは1人ツッコミをしながら、身体的なダメージの回復に専念していた。



 ☆


 厄介者ニッシャが大人しく座っているお陰で偶然にも一対一タイマンにも持ち込めたレミリシャル。


 握った拳を強く絞りながらも、次の一手である最善策を高速で巡らしていた。


。最短最速で決着を狙うしかないな……)


 視線を相手クレスから離せず、浅い呼吸の度に喉が渇き、両の肺に重たい熱がこもる。


 マスクから僅かに覗く銀眼には、1度でも触れた相手の〝魔力回路〟を色として視覚が可能。


 これを属性色ぞくせいしょくと言い、雷は黄、水は青、炎なら赤といった具合にハッキリと像を掴む。


 達人による先の先を読むと同じく、魔力の流れや攻撃パターンの予測で相手よりも優位に闘える。


 事前に来ると分かれば対処は容易い――――そこに〝消行手きえゆくて〟を置いて魔法を無力化し、隙だらけの肉体へ一撃を放てば良いだけ。


 彼女にとって日常的に繰り返された簡単な仕事で有り、決まっていつもそうしていた。


 だが、必ずしも敵が


 レミリシャルの眼前には、そのが、既視感のある魔力の流れを身に纏っている。


 頭から爪先に至る全ての部位を高速で巡り、流動する活火山の如く涌き出る魔力。


 数秒程の一呼吸の間に、幾多もの思考を巡らし眉をひそめた。


(あの構え……嫌、。まるで、ドーマ隊長の〝火速炎迅かそくえんじん〟に良く酷似している……)


 けど、何時いつ何処どこで?何故なぜ?――――ドーマ隊長が持つを、どうして使える?


 自問自答をしても疑問は大きくなるばかりで、これといった解決策は出てこない。


 殺意を持った相手を目の前に、少しの〝迷い〟さえ芯の無い死人と同等である。


(たとえ、魔力は等しい筈。開始早々、武器かたなに頼る辺り、まだ素手での戦闘は不慣れだと思う。仕掛けるなら今しか機はない)


 レミリシャルは邪念を振り払うと同時に意を決して、異様な雰囲気漂う死地へと一歩を踏み込んだ。


 しかし、その歩みを止めたのは予想を遥かに越えた現実だった。


『ふむ。使、良い機会だ……』


 そう呟いたクレスは、前へ出した左足を地面へ埋め込み、体内を流れる獄炎の魔力が地へと伝わる。


 そして、レミリシャルとクレスの2人だけを挟み込むように、天を穿つ程の巨大な岩壁が突如として出現。


 幅はかなり狭く、辛うじて両手を広げられる程度であり、地面から天井に至るまで、文字通り逃げ場はない。


 目で追えないほどの速度と、聴覚に突き刺さる轟音。


 突然の出来事に〝消行手きえゆくて〟を用いて抵抗するも、四方八方全ての退路を完全に断たれてしまう。


『しまった……。まんまと奴の独壇場にまったみたいね』


 隠せぬ動揺と相反して強者との対峙により、マスクの下で笑みを溢すレミリシャル。


(いま私は、絶望の淵に立たされている。〝一輪の炎チーム〟じゃ、この刺激は味わえない。これだから、


 完全隔離空間かんぜんかくりくうかんの中で、クレスの声が大きく反響する。


『ふむ、これで外部からは見えぬはずだ。小娘、貴様を我が〝八大地獄〟に突き落としてやろう。覚悟するが良い……!!』


 喜びに満ち溢れながらそう言うと、天へ魔力を込めた手をかざす。


 獄速焔迅ごくそくえんじん――――〝焔武えんぶ一のかい等獄活焔とうごくかつえん


 炎纏う魔法陣から視界を埋め尽くす程の〝鉄杖てつじょう〟〝鉄爪〟〝刀剣〟といった武器の数々が、降りしきる豪雨の如く降り注ぐ。


『考えも無しに只、数に頼っただけか……流石にこれは捌けないな』


 分が悪く焦るレミリシャルと、本領が発揮出来るとたかぶるクレス。


 無限と呼べるほどの途方もない魔力を持ち、想像だにしない灼熱地獄の門が今――――開かれようとしていた。

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