第169話【VS〝一輪の炎〟圧倒的な格の違いその4】

『だから、俺が逃げてから始めろって!!こんなのに巻き込まれたら堪ったもんじゃねえぞ!!……って、言った側からルール破ってる!?』


 振り返るドーマの眼に映ったのは、脇差しを振りかざしたクレスと、それを両の手で受け止めるレミリシャルの姿。


 視認不可とされる神速の刀に対して彼女は、〝真剣白羽取り〟を見事にやってのけていた。


 クレスが力を込めようとも微動だにせず、吹き出す筈の炎は


『斬れぬ所か力も入り辛いぞ。貴様……


 眉1つ動かさぬクレスの問いにマスク越しの表情は、〝してやったり〟の顔をしている。


 炎の魔力を付加した自慢の〝炎刀えんとう〟でさえ、彼女レミリシャルの前では只の棒切れ同然。


 ――――そもそもの


 魔力〝消行手きえゆくて〟は、発動条件が限定的ながらも


 上位互換であり、視認の範囲内や魔力を纏った物質を消し去る事の出来る〝父〟ノーメンの〝消行記憶きえゆくきおく〟とは違い、レミリシャルは〝超至近距離型〟に特化した魔法使いだった。


 その性質故に、肌で感じる違和感が気になるレミリシャル。


(何だろうな……この感じ……。


 一方のニッシャは指の隙間から流れ出る煙と、焼けただれた皮膚の痛みに悶絶中だ。


 どうやら炎を纏ったクレスに、顔面を足場代わりにされたらしい。


 耐性が有るとはいえ、魔力の宿っていない多少の痛みを伴っていた。


 想像より殺伐とした光景にドーマは、手早く散乱した煙草をかき集める。


 漂う殺気に少しばかり驚きながらも、〝安全地帯〟の魔法壁へと全力で走った。


(まぁ、こうなる事は眼に見えてたからしょうがないか。後は、レミリがどこまで……)


 一見、平然を装うドーマだが一瞬だけ感じられた〝炎の魔力〟による凄まじい熱気は、自らに宿る程だった。


 ――――〝あれが欲しい。その力を頂戴。


 内から響き、体を突き破りそうな声を聞いたドーマは『』と、一言だけ添えて魔法壁外へ出た。




 ☆



『んじゃあ、俺がこの防壁をしてくれ!!』


 ドーマが開始を宣言した後、三人の中で最も早く動いたのは他でもない――――血気盛んな


 恵まれた身体能力を駆使して、地を力強く蹴り上げる事により、数Mもの距離を一歩弱で縮める。


 吹き抜ける風よりも速く、瞬きでさえ命取りとなる間での出来事。


 加速した勢いに乗せる様に身を任せ、肘から先がない右腕をレミリシャルへと振りかざす。


 その姿、まさに〝電光石火〟の如く――――相手の考える隙を与えぬ手段は勝負事において、もっともシンプルで一番効果がある戦法。


 実質、本来の力を〝減点〟に加え、あらゆる選択肢を〝限定〟は、たとえ歴戦の者でさえ少しの遅れが命取りとなりえる。


〝私の勝ちだな〟とでも言いたげな、その笑みだけでもニッシャの性格がにじみ出ていた。


 しかし、二対一を強いられていたレミリシャル。


 だが、その瞳は一点だけを冷静に応戦した。


 見つめるその先には――――ニッシャの頭上にいるクレスの姿。


 その事にはニッシャ自身、全く気付いていない。


 今出せる全力の拳……もとい、右肘はレミリシャルに当たる事なく、クレスに顔を踏まれため背中から地面を数M程滑っていった。


 ニッシャ自身は叫んでいないものの、ドーマ含めてもがき苦しむ年頃の女性の姿を、誰も見向きもしない。


 ――――まぁ、大丈夫だろう。

 みなの心の声はこの一言に尽きる。


 注目するべきは、睨み合いながらも微動だにしない両者。


 重い殺気漂う空気の中で、清流の如く静かに淡々と会話をしていた。


『今、この場で〝姿〟を晒されるのと、私に〝姿〟を晒すの……どっちが好み?』


 表情の見えないマスク越しに、意地の悪い笑みを浮かべながら問いを投げ掛ける。


 全身を駆け巡る妙な感覚の正体を、瞬時に見抜いたクレスは余裕の笑みで返す。


『小娘よ、我を前にして中々の威勢だ。だが、その手に集中する辺り恐らく消せるのは〝手〟を介してのみ……と言った所だろう?』


 一瞬の手合わせの中で図星を突かれたレミリシャルは、


『正解。だけど、武器も魔力も隊長に禁止されているから……これでお仕舞いね』


 そう、静かに呟いたレミリシャルは左足を軸にして、右回し蹴りをクレスの持ち手へと目掛ける。


 美しい軌道を描きながら〝|焔獄えんごくの炎〟を纏う右足は、見事にクレスの両手へと直撃。


 30M弱も離れた魔法壁まで吹き飛ぶ〝刀〟とは対照的に、その場から動かぬ二人。


『はぁ、刀……折るつもりだったのにな。駄目だったみたい。あ~残念残念』


 深いため息を吐きながらも、その気を感じさせない単調な言葉の数々を述べるレミリシャル。


『ふむ、武器等ただの飾りだと言うことをその身を持って体現させてやろう』


 クレスは右手を前へと突き出し左足を半歩下げると、拳での〝構え〟を取った。


 それを見て触発されたレミリシャルも同じく構える。


『さっきの刀遊びチャンバラ〟よりかは、私も〝素手コッチ〟の方が得意だよ』


 互いに拳を強く握り、呼吸音さえ聞こえぬ空間の中で――――素行そこうが悪く〝暴犬ぼうけん〟と称されるニッシャは静かに起きた。


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