第164話【VS〝クレス〟必然的に仕組まれた対峙その4】
ある者は〝憧れ〟を抱き、ある者は〝尊敬〟を向ける――――そんな男の登場は誰もが予想外の出来事でしかない。
興奮覚めない人々の視線はニッシャとクレスから、一気に空から乱入してきたドーマへと向けられる。
たった1人で〝化物同士〟の喧嘩を、平然と止めた人物に皆が釘付けになっていた。
力の差を察知するや否や、二人は攻撃を緩めると同時にクレスは本能的に、ニッシャは動揺で静かに後退りした。
幸い生まれながらに頑丈な作りのお陰で、片腕が無い位の軽症は慣れっこのニッシャ。
瞬時に焼けたお陰で止血も不要なため、痛みなど物ともせずに思考を巡らしていた。
(ドーマがここに居るって事は、他の隊員もこの場に居るって事だろ?糸……ぶった切っちまったし気まずいな……)
冷や汗が何処からともなく頬を伝い、薄ら笑いを浮かべる。
態度が一変したニッシャに対し、小刻みに震えている己の刀を見つめるクレス。
(今のは中々の手応えであるな。強者と巡り会えて我が体も喜んでいる……否、これは武者震い等では決してない。まさか……〝恐怖〟と言う感情なのか?)
同じ土俵である筈の〝炎〟でさえ、たった一太刀交えただけで〝格〟を見せつけられた。
戦意喪失の意思が宿る両者を見て、〝火速炎迅〟を解除したドーマ。
低い咳払いと同時に全身を覆っていた炎は次第に弱まり、髭面が特徴的な顔が姿を表す。
その表情は怒りに任せた物ではなく、〝覚悟を決めた男の顔〟をしていた。
『フゥ……』と一息ついたドーマは、おもむろに胸ポケットに仕舞われた箱から煙草を取り出す。
口の
一本分にも及ぶ大量の煙は空気中に漂い、何とも言えない空間を作り出した。
それを見たニッシャは『ゲッ!!やっぱりか……』と、先程の笑顔が嘘の様に表情を引き釣らせる。
柄にもなく
規律に厳しい部隊の〝入隊日〟の〝遅刻〟に加えて、昔から耳鳴りがする程うるさく言われた事がある。
それは――――街では〝決して暴れるな〟と言う事。
あんなに威勢が良かったニッシャでさえ、
いわゆる〝おすわり〟の姿勢となりながら『悪りぃ。遅れた事は謝るが……これはさぁ……』と、体を揺すりながら言葉を発しようとしたが、それをドーマが
いつの間にか追加で煙草を3本咥えながら、動揺を隠せないクレスの方を見て言った。
『おい……そこのクワガタ頭!ニッシャとの立ち合いを最初から最後まで見せてもらったが、中々やるじゃねぇか?』
満面の笑みでニヤリと笑うドーマは、ニッシャの話等ほとんど聞いていなかった。
今だに無言のクレスだが、震える手を無理矢理押さえ込む。
視線鋭く捉えながら、ドーマに刃を向けて戦闘態勢に入る。
(フム。今、確かに〝ドーマ〟と聞こえたな……この男が主の命令にある標的で間違いないな……)
〝心も刃〟も折れぬクレスを見たドーマは、ゆっくりとニッシャの方へと振り返った。
その姿は、有ろう事か無防備な背を向けた状態となる。
一見、正気ではない行動ではあるが、その効果は想像以上にクレスへと見えぬ重圧を掛けていた。
(ふっ、敵に背を向けるなど笑止千万!!望み通り切り伏せてくれるっ!!……だが――――何故か我には〝この男に勝てる未来〟が見えない……!!)
後方から感じるクレスの殺気さえ気にも止めないドーマは、唇を噛みながら『くぅ~ん』と
今は〝上司〟として、育ての〝親〟として、優しく肩を叩きながら言った。
『良く街を壊さなかったな?そこは褒めてやる。だが、お前はもう俺達の一員だ。今後は軽率な行動は
余程悔しいのかニッシャの潤んだ朱色の瞳には、大草原の様な髭面が勝ち誇った顔をしている。
対抗して――――彼女も決意をした顔をしていた。
(今はしょうがないから負けてやる。ドーマの野郎、調子こきやがって……それと、ムカつくから後でぶん殴るからな)
そんなニッシャの思惑を知ってか知らずか、ドーマは見渡す限りの観衆達に驚きの言葉を口にした。
『今ここに宣言しよう!〝酒煙の炎ドーマ〟が、人知を越えた力を持つ両名に対し、〝一輪の炎〟への入隊許可をこの場を持って許可するっ!!』
ドーマによる突然の言葉に『へっ?……』と眼が〝点〟になるニッシャと、中々動けずにいるクレス。
『まぁ、ドーマさんがいるから安心だな……』
『あんな野蛮な奴等、野放しにしないだけマシね……』
等の声がチラホラと上がるが、大勢の観客から巻き起こる小さな拍手は、三人を中心に鳴り響いた。
(両名、二人……この場には私と奴だけって事は……)
あまりの唐突な事態に呆気に取られるニッシャは、暫しの沈黙の後――――言葉の意味を知る。
〝
一輪の炎入隊と言う紛れもない事実。
『……はあぁぁぁぁっマヂで!!?』
こうして、ニッシャとクレスの入隊がドーマの独断と偏見で決まった。
後に、この出来事は運命において避けられぬ〝凶〟となる。
だが――――その先の未来には〝吉〟となりえる選択でもあった。
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