第163話【VS〝クレス〟必然的に仕組まれた対峙その3】


 彼女自身は、命有るものの宿命とも言える〝病む〟事や〝衰え〟等一切ない。


 万物を統べる者〝大精霊〟の一部にして、炎の精霊〟の器になるために産まれたニッシャ。


 最終的にはドーマから〝炎の使役者〟を引き継ぐ事が、彼女の生きるべき理由であり〝存在意義〟その物である。


 かつて、〝超常〟と言われた魔法が日常となり、〝魔力持たざる者等存在しない〟と言われる世界で唯一、魔力を持たないが故に授かった物がある。


 それは、超人的な運動能力でもなければ、自己再生治癒でもない。


 この世界を創造した大精霊の一部、〝炎〟〝水〟〝荒〟〝消〟〝時〟〝無〟――――〝全6体〟存在している、まるで磁石同士が引き合う様に〝何らかの過剰反応が起こる〟と言う事。


 精霊を半永久的に使役するための〝器〟であるニッシャは、無意識下でクレスが宿す炎の魔力へと引き寄せられていた。


 魔力をともなった糸で動けぬ二人は、距離にして〝十五M〟もの間隔がある。


 しかし――――〝十五M〟等、両者からしてみれば無に等しく、瞬き程の距離でもある。


 止まらぬニッシャの歩みに唖然とする観衆は、今日を境に〝本物の化物〟を目の当たりにする事となる。


 ドーマが先人せんじんから受け継いだ〝炎の精霊〟ではなく、ニッシャが〝火種〟を作りオリシンが〝無限〟を与えたクレスの魔力へと――――


 呼吸を浅くするクレスは、きたるべき〝瞬間〟を心して待ち構えていた。


(広範囲の無駄な攻撃ではなく、この手に我が全てを込める一撃を放つ)


 一方のニッシャは、たとえ二十もの爪が反返そりかえろうとも両手で地面を鷲掴み、両足は地面にくっきりと跡が出来るほど蹴りあげる。


 そうしてニッシャが前へ進む度に、〝見えざる糸〟が無慈悲に体へと食い込んでいく。


 同じく人成らざる者のクレスと、守るべき存在である観衆の眼前で、幾度となく〝再生〟と〝破壊〟が繰り返される体内。


 彼女の歩みと共に現れる無数の水溜まりは、彩られた広場の地面を赤一色に染め上げた。


(四肢が切断される痛みは不思議とない……。後は前へ進むだけだ。たとえ、血を流しても切断してってでも、ココで奴を始末しないといけねぇ気がするんだ!!)


 そして、ニッシャの骨に当たり続けた赤い糸は、張力の限界を迎え音も無く引きちぎれた。

 

 刹那せつな――――人間離れした二人による〝開戦の合図〟が如く、


 糸から脱出するために全身を炎で包んだクレスは、瞬時に両手に魔力を宿し燃え上がる刀。


 高魔力で凝縮ぎょうしゅくされた炎は、たとえクレスとて


 対するニッシャも捨て身の覚悟で込めた必殺とも呼べる右拳を繰り出す。


 それは、確実に相手を仕留める勢いで放つ〝〟だった。


 誰もが瞬きを忘れ、息を呑み、呼吸さえも忘れた時――――


 二人の思い虚しく、第三者によりはばまれる結果となった。


 死角であるから突如として、両者ニッシャとクレスの間に現れた炎の化身。


 衝突した勢いによる衝撃波が、として巻き起こる。


 その者は、ぶつかり合う2つの攻撃を的確な武器捌ぶきさばきによって、一身に受け止めた。


 右に持つは、柄から先までが燃ゆる矛。

 左に持つは、円盤を覆う炎天の楯。


 クレスの街全体を焼き付くす程の炎刀えんとうと交わるのは、精霊を媒介としたを宿す刀。


 たった1つだけ――――違う点を挙げるならば、それはも〝強力な火〟を宿す矛。


 ニッシャの魔力を纏わない拳は、自らの衝撃に耐えきれず、瞬時に肘まで灰となる。


 それを可能にするのが、〝攻撃魔法〟さえも防ぐ炎を宿す楯。


『昔から喧嘩は外でやれ……って良く言うが、ここはだ。人の庭で暴れんのは止めてくれないかね?』


 口を開いたその者は、まるで子どもに聞かすお願い事の様に呟く。


 奥歯を噛み締め更に力を込めようとしても、微動だにしない所か逆に凄まじい力で押し返される始末。


 ニッシャは声を聞いて分かり、クレスは魔力を察知して気付いた。


 本能的に震え上がる様な感覚が、全身を支配するその瞬間――――クレスとニッシャはさとる。


〟と〝〟が――――。


『やれやれ……。ニッシャ、お前が随分と遅いと思ったら、この有り様か?』と、彼女の名を口にし、平然な振る舞いをするこの男こそ――――


炎武えんぶ六の段‐矛火楯炎むかじゅんえん〟を発動した〝一輪ひとわえん〟部隊長――――〝酒煙しゅえんほのおドーマ〟だった。


〝ドーマ〟〝ニッシャ〟〝クレス〟いずれも炎の精霊の力を宿した者達。


 3人の出会いは必然的であり、避けられない選択でもあった。


 5年前である今日を境に〝運命のさい〟は投げられた――――この世の全てが巡り合いであるが故に……。

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