第162話【VS〝クレス〟必然的に仕組まれた対峙その2】

 

 スラリとした腰のくびれに手を当て、右指を差しながらニッシャは啖呵たんかを切る。


『おい、〝鍬形クワガタ野郎〟。この私に喧嘩売った事、あの世で後悔させてやるよ!!』


(良し、決まったな。何だか様な気がするけど、この緊張感……暴れるのって楽しい!!)


 それを見た観衆からは、不満ブーイングの嵐が巻き起こる。


 それはせめてもの抵抗なのか、石を投げる者や野次暴言を飛ばす者など多種多様おり、誰がどう見てもニッシャの味方は居ない。


 耳を澄ませば余所者であるクレスを応援する声が2人を包む。


戦場いくさば〟において少なからず応援の力は偉大であり、己を奮い立たせる引き金トリガーとなる。


 それは、オリシンの魔法で人の身を手に入れ、level-Ⅳ危険種であった〝焔獄兜武者クレス〟も例外ではない。


 何時いつしか〝下等〟で見下していた筈の人間に対して、意思の疎通とやらを楽しむ自分がいた。


『人間とは誠に面白い生き物だ。個では前にも出ない。口数が減らぬ人の子よ覚悟せい、参るぞっ……!!』


 クレスは上体を低く前のめりにすると、その手に〝一撃〟の威力を極限に高めさせる。


 刀を握る手からは不透明な蒸気が溢れ、高熱を帯びた体は蜃気楼しんきろうの如く揺らめく――――


 それを見たニッシャは、視線を地面間近まで持ってゆき、四足歩行の〝犬〟よりも低い姿勢で構える。


 女性らしい華奢な四肢は、まるで粘土の様に無機質な地面を軽々とえぐり取る。


 ニッシャの爪やクレスの刀よりも柔らかい広場の地は、糸も容易く破壊できる者達にとって遊び場の様だ。


 互いにうっすらと〝笑み〟を浮かべ、全神経を集中させる。


 互いの読み合いが拮抗する中、観衆の声援がいつしか無音となる時がやって来た。


 その間――――僅か1秒弱。


 誰もがまばたきを忘れ、呼吸音さえも微かに聞こえる空間が出来上がる。


 手汗握る展開を繰り広げるのを目の当たりした観衆は、次第に不思議な光景に魅了されていた。


 だが――――


 殺気を帯びた両者が始動するもなく、無機物の様に動かない――――否、何者かによってが正しい答えだ。


 その場で身動きが取れず、クレスは原因究明のため思考を巡らす。


 あらゆる〝角度〟〝方向〟〝可能性〟へと視線を流し、魔力のを特定。


『体を拘束する魔力からして、ニッシャと言う人間の仕業ではないな。恐らく〝我が主〟の――――まぁい、付き合ってやろう……』


 何事にも流されず冷静に状況を判断し、抜刀態勢のまま固まるクレス。


『人の喧嘩を邪魔するなんて一体全体、誰の〝魔法〟だ?。こちとら生憎あいにく。こんな物、簡単に……かんた……ん゙ん゙ん゙っ゙!!』


 到底、頭では理解できない自体に、精一杯の抵抗をしながらとどろき吠える。


『ぬ゙あ゙ぁ゙ぁ゙っ゙!!どうなってやがる、全然動けねぇぞ!!……』


 映画の様に眺めている観衆からすれば、ただわめく姿を晒すニッシャ。


 一方、歯を食い縛りながら何度も前進を試みるニッシャだが、結果は〝火を見るより明らか〟であり、奮闘虚しく無駄に終わる。


 突然の事態を整理出来る者は、この場において誰1人としていない。


 そう――――人は以外、興味もなければ


 広場に集まる大観衆に加え、炎の塊である〝二又角刀〟の相乗効果も手伝い、クレス以外が〝〟をかいた。


 ニッシャの額から流れ出る汗は頬を伝い、そのまま体を通過する事なく宙へ伝い流れていく。


 当然の如く〝不可視〟でもはしており、汗に加えて〝日光〟が手伝い、その正体が明らかとなる。 


 徐々に素肌へ食い込む跡が現れ、まるで全身を張り付けにされている様だ。


 しかし、自身が八つ裂きになりえる状況でさえ、問答無用に歩を進めるニッシャ。


 傷物厳禁な女性の四肢は無惨にもける――――が、即座に再生を繰り返すお陰で前進を止めない。


『ふぅ、ふぅ……鍬形クワガタ野郎は、私が必ず……ぶっ飛ばす……!!』

 

 何故ニッシャはそこまで執着するのか?

 それは、薄っぺらく安い〝プライド〟ではない。


 その歩みを進めるのは、彼女自身に、元来備わっている〝〟が原因である。






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