第160話【生まれた理由と存在意義その11】

 眼前には草木が生い茂る自然豊かな高原に加えて、空を見れば雲一つとしてない蒼天が広がっている。


 見渡す限りの空間は何処までも続いていて、生まれつき与えられた色濃く特徴的な朱眼に映った。


 加えて、腰より低めな井桁いげたで組まれた丸太の柵が、どこまでも果てしない地平線の彼方まで続いている。


 それはまるで、1つの空間を2つに分断する様な存在感をかもし出していた。


 自分以外、人間は誰一人としていない――――、〝孤独〟を感じるのは少し寂しい。


 そう思った矢先、ため息が意思に関係無く口元から出てきた。


『ハァッ……どこに行っても一人は辛いな。子どもでも良いから欲しいよ……まっ、野郎だんなは要らねぇけどさ』


 何だか気分が病んだニッシャは、おもむろに柵まで近付くと、ゆっくり腰を下ろしながら座る。


 ニッシャ自身、こう言った夢は日頃から良く見ており、決まって〝物〟や〝人〟や〝生き物〟が現れ何かを伝えてくれる。


 しかも〝幸福〟や〝吉兆〟の暗示が大半を占めていて、事が多々あった。


 この世に生まれた事が〝不幸〟で〝惨め〟だと思っていたが、客観的に見てもニッシャの人生はトントン拍子に進んでいる。


 街を歩けば〝運命に呪われた子〟と揶揄やゆされていたが、最近となっては戦地での功績を挙げると共に、多少なりと周りの見る目が変わってきた。


 ドーマに引き取られる前は、同じ様な実験体と共に生きるか死ぬかの日々を過ごし、毎日毎日たくさんのが廃棄された。


〝天涯孤独〟に慣れたニッシャでも、魔法協会に所属したおかげで数少ない〝仲間〟が出来た。


 今や上司でもあるドーマにも〝信頼〟され、〝順風満帆じゅんぷうまんぱん〟ってこう言う事だなって痛感している。


 広大な空間に一人のニッシャは、蒼く自由な空に対して、柄にもなく独り言を呟いた。


『改めて、私の生まれた意味は何だろうな?。無理矢理勝手に造られて、精霊を宿せとか〝役目〟を果たせとか何だのと〝尊厳〟もクソもないしさ。自分が出来ることを探そうとしている内に歳を取っちまったし……』


 ――――『メェ~ッ』


『数年間ドーマと過ごして、右も左も分からなかった私が、少しだけ人としてまともになった気がしたけど、それは自分自身だけの価値観なのかな?』


 ――――『メェ~メェッ』


『ある時、酔っ払ったドーマが〝ニッシャは俺の大事な娘だ。死んでも必ず守る〟って言ってたな。私にも、これから出来るかな……〝命を賭けて守りたい〟って奴をさ……』


 ――――『メェ~メェ~メェッ!!』


 一人黄昏たそがれながら空を眺めるニッシャの真横には、餌を頬張りながら上目遣いをする白毛の可愛らしい動物がいた。


 大きさは生体よりも一回りほど小さな個体であり、まだまだ食べ盛りで甘えん坊のため近付いたみたい。


 星の数程ある夢でありながらも、現実的リアルな〝獣臭けものしゅう咀嚼音そしゃくおん〟は、ニッシャの嗅覚ならびに聴覚に多大なる不快感を与えた。


『さっきからうるせぇぞ、てめぇは黙って草でも頬張ほおばってろっ!!』


 先程から間に挟まる鳴き声にニッシャは、感傷に浸りたいがために無視をしていたが、出てしまった――――渾身の力を込めた殺人的裏拳が……。


 手の甲は動物の顔面を鋭くとらえ、骨と骨がぶつかり合う非常に耳障りな音がした。


 一撃をモロに食らったひつじは『ヴェェッヴェェッ!!』と悲痛な叫びを上げながら高原を爆走ののち――――ニッシャから見える百数Mほど離れた小高い山の頂天で静かに倒れた。


 ニッシャは唖然とした顔で『あっ……死んだ、山羊ヤギ。あれ、何だったのマヂで?』と、に落ちない表情でその場に固まっていた。


 両手で木製の柵を持ちながらまた、物思いに更け――――


 しかし、1度あれば2度目もあるかの如く、右手の中と薬の二指が少しだけ熱くなるのが分かる。


 脳の処理が追い付かなくて気付くのに数秒間費やし、やっとの事で異常を認識したニッシャ。


『ん?……痛てっ!!』と、言いながら右手を眼前へと持ってきた。


 その正体は細長い体の黒蛇が餌と勘違いして噛み付いたらしい。


山羊ヤギの次はヘビか……いつから私の頭の中は〝動物王国〟になった?勘弁してくれ全く』


 嫌気を指しながらも襲い掛かってきた黒蛇を掴み、眼をらして良く見るとに気付いた。


 朱色の瞳に映るのは、血を浴びながらも決して離れない1つの体に2つの頭を持つ蛇。


 それは、これからの運命を暗示させ、分岐された選択肢の様な物。


『頭が2つ?……嫌、〝双頭そうとう〟って奴か?……』


 もはや痛み等忘れていたニッシャは、ガッツリ噛まれながらも、その不思議な容姿に釘付けになる。


 興味が有るものにはかれてしまうため、いつまでも見ていられそうだったがは突然やって来た。


 夢幻ゆめまぼろしの中でさえ現実を感じさせるのは、〝〟。


 事実――――ベットで寝転ぶニッシャの体内で腹の虫が大きく鳴り始めていた。


 まるで悪夢を見たかの様に飛び起きるニッシャは、とても大事なことを


『……って、げっ!?今日、ドーマが率いる〝一輪の炎〟の入隊日じゃんか!』


『あちゃ~……完全に爆睡してたわ。今の時刻は9時と30分って所か。良しっ!、


 7時の予定を大幅に過ぎているが、遅れてしまったものは仕方がない。


 まだ生乾きの髪の毛は全力で走れば、艶やかな潤いある髪へと元通りになる。


 魔法協会から支給された宿舎を出る頃には、先ほど自らを襲った違和感や夢等、――――


 今のニッシャは、当然の如く知らない……不吉の前触れとして見た夢の意味と、この先の未来を――――


 羊に噛まれる――――〝身近な人物による裏切り〟


 羊が死んでしまう――――〝人間関係のトラブルや警告を暗示〟


 双頭の黒蛇に噛まれる――――〝幸せが逃げ、心に傷跡が残り自己の破滅や危険等の意〟


 そして……この先に待つ者は、自身が造り出した化物クレスであり、回避不可能なドーマの死と全てを失う運命の闘いである。


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