第158話【生まれた理由と存在意義その9】

 無情にも刻一刻とリズム良く動き続ける時計の短針は、誰にでも平等で当然の如く慈悲等ない。


 無機質な針音が〝対危険種用の特殊な檻〟を基礎にした、八畳一間の部屋に虚しい程に反響している。


 現在の時刻は……〝一輪の炎〟入隊挨拶初日の予定からおよそ29――――


 人々は街へ出て各々の仕事ぎむを果たし、世界を回す歯車として今日も働いている。


 ――――通常の人間の感覚ならば、〝寝坊〟と言うと聞こえが悪いかも知れない。


 しかし……何者にも縛られる事を嫌う彼女ニッシャにとっては、〝自由気まま〟が普通であり〝寝坊〟等、もはや日常茶飯事なのである。


 生まれた瞬間から24時間365日×数年……〝監禁と観察〟をされていた時と比べ、人並みとはいかないが程々の自由が与えられている。


 窓から射す陽光は頬から伝うヨダレを輝かせ、小鳥のさえずりさえ霞む程の寝息イビキを鳴らすニッシャ。


 就寝前に体を覆っていた筈の布団類は、当たり前の様に投げ出されている。


 だらしなくベットから飛び出した長さが自慢の左足。

 同じく垂れ落ちる長髪は、床を朱く染め上げる様に流れている。


 ドーマと過ごしていた時は着ていた衣服でさえ、自宅へ帰宅すると同時に靴の上で脱ぐのが習慣となっていた。


 そう……まるで、虫の脱け殻の様な光景が毎日繰り広げられていたのだ。


 ――――女性の1人暮らし等、所詮


 成長と共に豊満に発達した体に加えて色濃くなる〝朱色の髪と瞳〟は、であり〝自らの存在意義〟でもあった。


 ドーマの元から離れたニッシャは、人としての生き方を学ぶために1人で生活をしている。


 必要最低限の衣食住は完備されており、基本的に単独での外出は禁止され、魔法協会から任務を受ければ、順当な〝戦果〟を挙げる日々。


 大事な〝精霊の器〟であるニッシャの待遇は、


 周囲から寄せられる上面うわづらの信頼は有れど、ドーマの様な〝人望〟もなければ〝愛想〟等の可愛らしい物は


 そんな彼女――――ニッシャが深い眠りから眼を覚ましたのは、 


 全身を駆け巡る悪感のせいか、先程までの事が嘘の様に勢い良く起き上がった。


『ハッ!!。ハァハァッ……一体何がどうなってんだ?……』


 息が上がり鼓動が乱れている音が、体の内からも外からも充分伝わってくる。


 汗は額から頬へと流れ、腰周りに一時ひとときの水溜まりを作り出す。


 溢れ出る膨大な魔力を持ちながらも、抑える事を一切せず、街中を包み込む様な焼け付く感覚がニッシャに刺さる。


 それは……尋常成らざる人外の気配……ドーマと似ただった――――


 ベットから腰を上げるニッシャは〝最悪の寝起き〟に、イライラを募らせながら台所へと立つ。


 怒りで眉間に血管を浮き彫りにしながらも、おもむろに蛇口をひねる。


 飛沫しぶきを撒き散らす水に深呼吸をして、そのまま勢い良く頭から突っ込む。


 吹き出た汗を流すついでに心を沈めるニッシャは、目を閉じたまま濡れた髪の毛を拭こうとタオルに手を伸ばす。


 が指に触れるが、それに構わず髪に当てる。


 数秒間〝それ〟で拭き続けだが、頭上で〝ビリッ〟と音がしてようやく正体に気付いた。


 寝ぼけ眼で見るのは無惨な姿になった――――〝1輪の炎への入隊日挨拶-魔法協会7時集合〟と、ギリギリ読める1枚の紙。


 寝起きが悪いニッシャの頭の中を縦横無尽に駆け巡る文字達。


『んっ……?今日、入隊日にゅーたいび……?――――』


(にゅーたいび?……にゅーたいび……?にゅーたいび?……)





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