第156話【生まれた理由と存在意義その7】
感情の制御が出来ない〝失敗作〟のニッシャとは違い、セリエは数千体の中でただ一つの〝成功例〟だ。
故に尋常ではない期待と重圧が、その身に掛かっている事を、言葉や表情等には一切出していない。
ニッシャと行動を共にさせるのは、互いに刺激し合って欲しいと言う企みもある。
たった1回のミスで、全てが台無しになる可能性のある今回の、永久的な精霊の保管。
〝炎の精霊〟を宿すドーマ自身、世界を安定させるためにも、それは非常に重要な任務だと心得ている。
だが、数え切れない程の思惑の中で、好き勝手に駒を弾く上層部に対し、自分が如何に踊らされているのかを考える。
思い返せば
幾多の屍を踏み越え途方もない戦果を上げても、影では〝化け物〟と後ろ指を指される日々。
人も物も対して変わらない、必然的な出来事には〝無力〟そのものだ――――都合の良いように〝利用〟され、事が済めばゴミの如く〝廃棄〟。
この世界は、誰かにとって都合良く出来ていて、必ずしも自分が〝その誰かにはなれない〟。
――――思考の奥深くにいた意識は、ふと……焦げ臭い煙が鼻孔を強烈に刺激した事により戻る。
慌てて両手の炎を消し、煙と共に食材率0%、純度100%の炭が現れた。
『あららっ……』と、日常茶飯事の光景に驚きながらも、いつも通り自らの皿へと移す。
違う食材を二人分手に取り、瞬間的に食べれるレベルの焼き物を作ると『何しても互いに高め合うのは、とても素晴らしい事だ。しかし、まぁ……これから先が思いやられるな……』と、呟きながら皿に料理を盛っていく。
ドーマの独り言が聞こえたのか、後頭部に手を回しているニッシャは『ん?。何か言ったか?』と、問う。
『嫌。何でもない……二人共。もう、飯が出来るからな~』
ドーマが3人分の皿を片手に振り返ると、彫刻の如く微動だにしないセリエと、得体の知れない物を見る目をしたニッシャの姿が映る。
それもその筈であり、ニッシャ達が研究所に居た頃は、性能実験や特殊訓練の等〝完全絶食と不眠不休〟で七日七晩も動き続けた。
唯一……体に入れるとすれば、腕の血管から投与される身体能力を飛躍的に向上させる薬と成長ホルモン位だ。
〝食〟を意識しなかったニッシャとセリエにとって、目の前にある全てが初めての体験となる。
『そ~ら、二人共お楽しみのパパの手料理が出来たぞっ!!』
男1人の暮らし何て、栄養素度外視の質量飯は当たり前であり、味も二の次……。
しかし、目を細めて鼻を塞いでも到底の如く、人間が口に出来そうな物は並ばないのがドーマのスペシャル手料理。
だが、この日は珍しく他人に作った物だけは、料理と呼べる代物になっていた。
それを壊れたテーブルを床に敷いた上に置き、無造作に胡座をかくドーマと、同じ姿勢で座るニッシャ。
少しだけ興味が出てきたセリエは、風に乗ったままニッシャの横に着く。
余程我慢が出来なかったニッシャは『おいっ!!もういいか?。食うぞ!?』と、一番手で動き出す。
我武者羅に料理を鷲掴みにしたニッシャの目には、食事を前に両手を合わせているドーマの姿が映る。
不思議な光景に『おいドーマ、それは一体、何をやってるんだ?』と、前のめりになりながら聞く。
少しだけ驚く顔をしつつも『これはな、今から〝あなたを頂きます〟って言う感謝と敬意を表しているんだ。あのな、栄養を摂るためが食事じゃない。それは、〝後世へ命を繋ぐ〟ための大事な行いでもあるんだぞ?』と、優しく丁寧にこれから何百何万とやるであろう二人へと教えた。
突然の小難しい話に困り顔をしているニッシャは『ほうほう……あんまりピンと来ないけど、何だか面白そうだなっ!!』と、自分なりに明るく乗ってきた。
現時点で分かった事は、少々乱暴なニッシャだが、素直な故に〝好奇心〟が人一倍強い事。
対照的なセリエは〝探求心〟は有るが、どこか上の空で非常に感情が読みづらい事。
そんな二人もドーマの真似をして、両の手を合わせる。
ぎこちない様子の二人を見ながら、ドーマは嬉しそうな顔で言った……〝それでは、命に感謝を込めて〟――――
『『『いただきます!!』』』
セリエだけは囁く様に言ったが、大音量で部屋中に響き渡るニッシャとドーマの声は、穴の空いた壁から夜の街へと漏れだす。
寒空の下、息も白くなる冷たい夜風が吹き荒れる中――――どことも変わらない〝家庭〟の様な温かさが包み込む。
1人じゃない……それが何だか嬉しくなって料理を頬張るドーマだったが、気づけばビックリする程、顔が真っ青になる。
『おえっ……炭は、やっぱり食えねぇ!!ニッシャッ、その肉、俺にくれ!!』
『〝いただきます〟って言ったんだから、感謝して食えよ!!』
ニッシャの肉を奪おうとするが足蹴りにされるドーマを見て、
ドーマと運命的にも出会い、初めての食事と一生の名を授かり、〝人との繋がり〟と言うのを知らない二人にとって、この日は忘れる事が出来ない特別な1日となった――――
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