第143話【煉獄の理に君臨する者その6】

煉獄れんごくことわり〟はあるじを失いながらも、冷めぬ熱気や空間その物が沸々と活動をしている。


 魔力を限界まで消費した体の支えは消え、前へと倒れ込むオリシンを、すかさず抱き抱えるギケ。


 心無しか低い体温と柔らかい肌、洗練された髪の毛一本一本が、ギケの細身な腕に触れる。


 事態が事態だけに、本来ならばこうやってれる事、否――――その崇高すうこうなるお顔さえ、拝見出来ないお方であるオリシン。

 そんな存在と共にできる事に、最高の喜びを感じながら、主をいたわる様に口を開いた。


『しっかりして下さいオリシン様!!――――この世の全ての〝時が重なる瞬間〟まで、あまりご無理をなさらず……』


 体を心配するギケの優しさにオリシンは、ため息混じりで頬を優しく撫でながら言った。


『すまない、私は大丈夫だ。それと、貴様如きに触れられると虫酸が走る――――離せ』


 オリシンの純粋故、自然に放たれる殺気にギケは、手放すと同時に数M後方へ退いた。


 眼前に映る姿は、白き長い髪が炎吹き付ける地面へと垂れ下がり、熱がオリシンの姿を歪ませる光景――――

 手放されたオリシンは、そのままの姿勢で倒れ込む事なく、静止したままギケに語りかける。


『時の魔法の連続使用で、していた魔力がこれでだ……今日この時は、私にとって喜ばしい一歩となった』


 魔力が枯渇こかつして尚も喜びで満たされるオリシンは、天井へと両手を伸ばし薄ら笑いを浮かべながら続ける。


『フフッ……ねぇギケ?、お前には

 むべきとやらはあるかい?』


 ――――突然の問いにおくする事はなく、〝冷静れいせい〟〝冷酷れいこく〟〝淡々たんたん〟と答えるギケ。


『勿論、有りますとも。貴女様が私を過去へと送り、そして私は――――この手で過去の自分を殺したんです』


 『あれは最高の経験だ……』と過去の話を思い出しながら自らの胸を掴むと、何物にも代えがたい恍惚こうこつな表情を浮かべるギケ。


 オリシンは、そんなギケの表情や話に等のは一切興味はなく、『フフッ』と失笑すると、『やはりお前は面白い。そんなな事で満足出来るんだもの……』と吐き捨てた。


 思い出した興奮で絶頂に近かったギケは、そんなオリシンの一言で冷めてしまい、次の一言を食い入るように聞きに入る。


 整えられた美しい髪を指でいじりながら、どこか幼子の様な悪戯心いたずらごころある顔で呟いた。


『私なら、そうねぇ……全ての時間軸に存在するを一人残らず殺すわね――――』


 その言葉により全てを理解したギケは、体中が戦慄せんりつし恐怖に支配されるのを、自らの右指一本を折る事によりあらがった。


『ぐっ……この場、この時、全ては繋がっていたのですね――――』


 痛みにより乱れる息を整え、冷や汗が頬をかけて流れ落ちるが、煉獄の地は一瞬の間も与えずに蒸発させる。


(端的に言えば――――か。何とも恐ろしくも、頼もしい方だ……)


 落ち着きを取り戻したギケは、ほんの些細ささいな疑問を問う。

 何故〝クレス〟だったのかは別として、果たして標的と渡り合えるのか?――――


『失礼ですがオリシン様、私にはか見当が付きましたが、その者と焔獄兜武者ヘルクレスでは、純粋な戦力に極大な差があります……』


 主であるオリシンの決定事項に対し、しもべであるギケが意見を出すことなど烏滸おこがましい。


 通常ならば逆らえば髪の毛1つ残さず死亡――――だが、今のオリシンは余程機嫌が良いのか問いに答えた。


『ふーん、で?。真っ向から勝てない?そんなの簡単じゃない?……人間何て所詮、なのよ?』


 その返答にしたギケは、オリシンと同じく天井を見ながら言った。


『全く、運命って奴は皮肉な物ですなぁ。怖い怖い――――』


 こうして、〝煉獄れんごくことわり〟での出来事は陰ながらに終わりを告げ、新たな時を刻むことになる。


 時は遡りニッシャが追放される前後のお話――――







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