第142話【煉獄の理に君臨する者その5】

 オリシンは眼前で膝を着く兜武者に、実に優しい言葉を投げ掛ける。


 それは敗者への慈悲の心や優しい気遣いでは断じてない――――それは、絶対的強者故の余裕と優越感だった。


『私の新たな手足となった焔獄兜武者キサマに細やかながら贈り物プレゼントをやる。さぁ、顔を上げよ』


 兜武者は膝を着きながらも顔を上げ、白き瞳のオリシンに視線を合わすが、巨躯きょくな肉体と、か弱い女性とでは尚も身長差はある。


 level-Ⅳ危険種が人間の……しかも女性に屈しているその姿。


 それは、一見すれば可笑しい光景だが、現実は非情にも弱者が彼女に平伏ひれふしている。


 〝煉獄の理〟の出会い頭、瞬時にして敗北した焔獄兜武者ヘルクレスだが、その瞳にたぎる闘志は未だに消えることはない。


 悩む表情で顎を撫でるオリシンは、兜武者の爪先から炎角までゆっくりと眺めながら言った。


『ふむ……中々にして物騒な装いだな。どれ、少しだけ小洒落てみるか?』


 まるでストレッチをするかの如く、自らの凝った四肢ししをほぐしながら、繰り出す事が出来る最大級の魔法を唱えた。


 現状の8割程の魔力を消費したその魔法は、死して新たな生を得る事が約束され、枯渇する事がない魔力は潤いを永遠と与える。


 ―――――時の宝珠クロノス・スフィア〝終極-輪廻転生リンカーネイション


 オリシンから放たれる異次元の超高等魔法にさえ、微動だにしない焔獄兜武者。


 足元から天井まで覆い尽くす自らの炎に包まれながら、徐々にその影は異形の武者から人型へと変貌していく。


 天を焦がす劫火もやがて人程の大きさになり、荒ぶっていた炎が晴れる頃には、危険種だった者が人と呼べる姿になっていた。


 武器であった業物〝二又大刀〟は縮小され脇差となり、身に纏っていた炎鎧はお洒落な模様の衣服となっている。


 自慢であった二刀にとう炎角えんかくは、寝癖の様な二つのうねる赤毛と成り果てた。


 まだ、現状の理解が出来ていない兜武者は、自らを屈服させた人の姿へと変わった肉体を物珍しそうに眺める。


 本来の肉体サイズは変われど、つちかわれた能力ステータスは変わることはない。


 自らを称賛する様に笑みを浮かべ、一息つくオリシンは安堵していた。


『まずは、って所だね……』


 ――――この為に無駄な魔力消費を極力抑え、本来なら膨大な時間を要する魔法を無詠唱で繰り出したオリシン。


『さぁ、喜べ。炎の魔力機関マナエンジンを有限からにし、ついでに人型へと姿見を変えてやったぞ?』


 息を切らしながらゆっくりと兜武者へと歩み寄るオリシンは、人として〝最低限〟である肝心な事を思い出した。


 それは、創造者おやが子へ授ける、かけがえのないの贈り物。


『〝焔獄兜武者ヘルクレス〟……嫌、人としての名は〝クレス〟と名付けよう』


 そう言って、両手をクレスの背中へと回すオリシンは、恋人へ抱擁ほうようするかの様に体を密着させた。


 互いの肩にあごを乗せ合いながら、微笑みながら何かを口にしている。


『我、時の守りに命じて過去へと繋がる門を開かれよ――――』


 オリシンの詠唱開始と共に、大小様々な無数の羅針盤が、空間を覆い尽くす様に現れた。

 それぞれが時を均一に刻み、寸分の狂いもなく連動した様な音が個を形成する


 間近にいるクレスはおろか、魔法の知識が豊富なギケでさえ、その内容を理解が出来ずにいた。


 まず始めに異変に気付かされたのは視覚による物だった。


 空間を焦がしながら沸き出る灼炎は地へと戻り、天井から地へと地形を溶解しながら流動するマグマは逆行している。


『おいおい……俺は今、とんでもねぇ物を見てるんじゃねぇか?』


 ギケは周囲の光景に目を奪われながら、主人オリシンの計り知れない力を目の当たりにした。


 この煉獄の理くうかんにいるギケの時は正確に刻まれ、やがてオリシンとクレス。


 二人の体は、まばゆく蒼白い光に包まれる。


 息つく間もない高速詠唱は数分と続き、静止していた羅針盤が、オリシン達を避けながら縦横無尽に動き始める。


 オリシンを中心としていたため、ギケには容赦なく襲いかかる無数の羅針盤は、徐々にその速さを増していく。


 激動により〝秒針〟〝短針〟〝長針〟は、本体から外れると、一本……また一本とだけに突き刺さる。


 詠唱が終わりを迎えるオリシンは、串刺しになるクレスに微笑みながら強く抱き締めた。


 時の宝珠クロノス・スフィア〝序極-叛逆リベリオン


 そう、静かに耳元でささやくオリシンの一言と共に、見るも無惨な姿になったクレスは忽然こつぜんと消え失せた。






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