第141話【煉獄の理に君臨する者その4】


 数々の猛者をほふってきた兜武者自身、現状の絶対的な力に酔いしれていた。


 少なからずともニッシャが命を賭して放った〝炎武えんぶ〟は、炎の精霊レプラギウスを媒介ばいかいとした魔力。


 6精霊の中でも、特段に再生力や身体強化に優れた〝超攻撃タイプ〟だ。


 だが、最盛期と呼べるその絶大な力には、当然の如くがあり、本人は徐々に衰えている事を知らない。


 元々、炎の魔力機関マナエンジンを持たぬ焔獄兜武者ヘルクレスは、力を使う度に精霊の魔力を消耗している。


 そんな紛い物であるヘルクレスが、純粋な〝時の精霊使い〟である彼女オリシンに勝てる筈はない――――


 兜武者は恐怖を体現する様に一歩ずつオリシンへと近づきながら言った。


『ほぉ……、この焔獄兜武者ヘルクレスの主になり得る人物か、我が直々に見定めてやろうか?』


 互いの距離は20歩と満たない距離であり、倍以上ある等身を見上げながら


『して、司令塔あたまがない胴体どうたいで、私に一体何をする?』と、悪戯顔で笑いながら手を差し伸べ言った。


 後方で見るギケの瞳には、オリシンの挙動さえ見えなかった。


 ――――否、一連の動作全てを感じとる事が出来ていない。


(はっ、早すぎるってレベルじゃねぇぞ……いつだ?いつ


 ギケの眼前で意図も容易く行われた想定外の出来事。


 前代未聞のlevel-Ⅳ討伐を信じられない表情で、目の当たりにした。


 だが、生かさず死なずの状況下にいる兜武者は、オリシンの手の平の上でひたすらに吠えている。

 自身の敗けを認めぬ様に、決して辿り着けないにいる人物に向かって、何度も何度も吠えた。


『ぬっ、貴様ぁ!!――――我にとって頭等……只の飾りだ!!無くともほうむり去ってくれるわ!!』


 今の兜武者の生命力ならば、頭部と胴体が離れていようとも、自由に動かす事は可能である。


 オリシンは右手に兜武者の頭部を持ちながら、遊んでいる逆手で何もない奥を指差して言った。


『ん?動かす胴体どうたいも無いのに、この私に?』


 優しく包み込む様な手付きで、頭部を胴体があった方へ向ける。


 そこに映る景色は、爆発と流動を永遠の 如く繰り返している〝煉獄の理〟だけだった。


『我は所詮、井の中の蛙と言うことか……』

 今の時点で為す術もない兜武者は、ついにを認めた。


『我の完敗だ。の好きにせい……』


『私の勝ちで良いんだな?では、このオリシンに対する、お前の忠誠心を見せて欲しいのだが?』


 オリシンが不敵な笑みを浮かべたかと思えば、焔獄兜武者のが、時をさかのぼった様に戻る。


 自らの胴体の感覚が戻るや否や、直ぐ様に片膝を地へとつけ、二又大刀を力強く突き立てた。


 数十本にも上る極太の炎柱が、オリシン達を包み込む様に天井へと昇る。


 そこから派生した火花達は、一種の生物の様に迷宮の壁をう火炎となった。


 やがて陽が差さぬ天井には、高魔力で圧縮された円周10M程の球体たいようが出来る。


 おもむろ焔獄兜武者ヘルクレスは、二又大刀を勢い良く地面から抜き去る。


 そして、生れたばかりの太陽それに向かって強烈な投擲とうてきを放った。


 的を射る刀は天井へと突き刺さり、無数にも及ぶ炎塊えんこんが、オリシンやギケに降り注ぐ。


 だが、〝抗えない死〟に直面しても表情はおろか、指先一つも動かさぬ者がいる。


 燦然さんぜんと輝きながら破裂する太陽の中心には、何者にも縛られずにたたずむオリシンがいた。


『ふむ、にしては上出来ね』


 只、この者に服従する事しか出来ないギケは、主たるオリシンの顔を直視出来なかった。


(一瞬でも見たい……。新たな――――この世の支配者たる人物の顔を!!) 



 衝撃的な出来事の連続で興奮するギケの耳には、女性らしいつやのある声で微かにこう聞こえた。


『〝宝珠スフィア〟と〝拳骨フィスト〟とまぁ、使いすぎたね。――――全ては元ある形へ戻り行け……〝時の雫クロノス・ドロップ〟』と。


 すると、オリシンの手に持っている焔獄兜武者ヘルクレスの頭部は消え、分かたれた2つは再び1つとなった。


 死を覚悟し戻りゆく感情を胸に、自らが奮い立ち、沸き立つ思いは只1つ――――


〝強さの極限たるや想像の範疇はんちゅうを越える也〟


 ギケの眼前にはlevel-Ⅳヘルクレスへの、〝勝利〟や〝服従〟とは生半可な物ではない〝称号〟を手にした者がいた……


 それは、この世を統べる新たな〝あるじ〟と言う超越された存在表明である。


 煉獄の理で起きたは、後にこの物語において、ニッシャやミフィレン達と大きく関わる人物の、力の片鱗へんりんを見せた物だった。

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