第140話【煉獄の理に君臨する者その3】


(前を行くも地獄、後ろへ下がればもっと地獄、こりゃあ死んだな俺)


 心で動揺はするが一切表情に出さずに、焔獄兜武者の手前数M付近で立ち止まる。


 実際に近づき対峙して分かった事だが、懐かしい魔力を肌身で感じる――――(こりゃあ、ドーマの野郎と同じ類いの魔力だな……)


 現実的に交渉出来るか定かではないが、身振りを加えながら煉獄の主へと話しかけるギケ。


『え~と、俺はギケっつう者だ。はじめましてでいいのか?こっちはあんたを仲間にしたくて来たんだけど……そもそも言葉通じる?』


 今現在のギケの顔は、〝苦虫を噛み潰したような顔〟と言う表現が様になっている。

 無論、危険種に対し丁寧な挨拶をする等の


 依然として煉獄の主は沈黙を貫き、ギケは『やっぱり交渉無駄みたいですよ?……次、探しませんか?』と後方を振り返りながら言った。


〝煉獄の覇者〟焔獄兜武者ヘルクレスは規格外の魔力量に加えて、魔法糸まほうしを操るギケとの相性がな炎の魔力を身に纏う。

 それはニッシャとの死闘により、産み出された偶然の怪物である。


 ギケに対し、その者が口を開こうとした瞬間。


 人ならざる者の声がギケ達の全身を貫く。


 それは人間が日常で発声する、児戯レベルの物ではなく〝威厳〟〝風格〟〝支配〟――――


 命を掌握しょうあくせし手段とされる、これら全てを兼ね備えていると言っても、過言では無い程の圧倒的圧力を放つ。


『我が名は〝焔獄兜武者ヘルクレス〟。なんじの目的等どうでもよい……』


 素直にそれを聞き、乱れる自らのペースを守るため、震える体を魔法糸で抑え込みながら、恐る恐る言葉を発する。


『お~、お前さん滅茶苦茶ペラペラじゃねぇの……あのさ俺、汗かくの苦手なんだわ――――冷静な話合いでどうにかならないよね?』


 ギケにとって不幸中の幸いな事に、煉獄の主は人並みに喋れる事が分かった。


 この好機を逃さずに戦わずして勧誘したい……と、心が悲鳴を上げている。


 だが、その儚き希望さえ煉獄の主が立ち上がったと同時に、発した言葉で崩れ去る。 


『笑止千万。拳を交えぬ者等、万死に値する。互いに交わすのは極めてシンプルな話だ。強き者が勝ち弱き者を従える。この世は全て連鎖的な支配で構築されている』


 煉獄の主はギケに淡々と言いながら、二又大刀の柄頭つかがしらを、1度だけ地面へと接触させる。


 立つのが困難な程の激しい衝撃と共に、耳を貫く轟音が鳴り響きながら地を揺らす。


 灼熱の炎で包まれた煉獄の理ここの地盤が緩いせいか、所々が崩れながら溶岩と一緒に流れていく。


 天井を見上げる程の炎柱の数々や、意識を保たねば気を失うほどの灼熱地獄と異様な圧迫感。


 目の前に君臨せし〝焔獄兜武者〟。


 完成された肉体含む背丈は約4Mあり、炎上双角を含めた全高は驚異の6M強。

 ならば、対等に渡り合える事等、おこがましい程の存在感。


 さながら今の状況は、貧弱な〝人〟と屈強な〝神〟との殺死合いいじめと呼べるだろう。


 矢継ぎ早に起こる異常事態に当のギケは、(こりゃあ、がどうにか出来るレベルじゃねぇぞ?……)と思った。


 一瞬の気の迷いが起こり、徐々に迫りゆく劫火に気付かずにいた。


 飛んだ意識を目の前に戻すと、一目で回避不可と分かる程の大火が視界を埋め尽くす。


 命を投げ捨て死を覚悟したギケの前に、まるでこの事をしていたように悠然と立つ者がいた。


 その者は、ギケの後ろにいた筈の人物であり、大地を割きながら燃ゆる炎柱を、片手を添えただけで糸も容易く停止させる。


 ギケの位置から顔は見えないが、腰まで伸びた汚れを知らぬ様な白髪はくはつに加え、level-Ⅳを眼前にしても堂々とする姿勢。


 背丈は170半ば程であり、衣服を着用していても分かる程の健康的な肉体に加え、前方へと突き出された腕は、か細い上に絹を彷彿とさせる柔肌が垣間見える。


 ギケが長年疑問に思い、謎に包まれていた性別は、とも取れる印象を受けた。


 目の前にいる人物は、出会いから数年の月日が立つが、この時名を耳にする事になる。


焔獄兜武者ヘルクレス殿、私の下僕げぼくが無礼を働いた。ここは1つ、このオリシン願いたいのだが、よろしいか?』


 周囲一帯が爆発音にも酷似している環境下で、澄んだ空気の様に不純物の無い声がギケの耳を通る。


 自らをオリシンと名乗る者は、綺麗な姿勢を崩す事なく一礼をする。


 そして、全てを見透かす様な白き瞳で焔獄兜武者ヘルクレスを見据える。




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