第139話【煉獄の理に君臨する者その2】

〝人生において抗えない死とは――――今、目の前にある物なのかも知れない〟


 思考を巡らした必死の言葉に対し、『そうかそうか……へぇ~』と、軽い返事をしながらギケを中心に周囲を歩く。


〝餓鬼の断壁〟から移り変わった現在の場所は、閉鎖的空間に加え所々が歪んでおり、視認が難しい暗がりのせいかその者の顔は見えない。


 ギケは目の前にいる人物の、逆鱗に触れぬよう、慎重かつ丁寧に言葉を選び口を開く。


『あなた様のお手をわずらわせて申し訳ありません……何でもしますからどうか側に――――』


 尋常ではない汗が毛穴から溢れ出る度に、強者にとって久しく忘れていた、死と言う抗えない存在を感じていた。


 その者は瞬きの間も無く近づくと、ギケの言葉を最後まで聞かずに、鼻を人差し指で触れながら言葉を投げ掛ける。


『ふ~ん……あのさぁ。自由に動くのは良いけど、あんまり勝手な事したら――――


 その瞬間――――大量に流れ出ていた筈の冷や汗が全て無くなっていた。


 ギケは目で懇願こんがんする様に訴える。すると、指を鳴らす音が聞こえたかと思えば、宙に浮いていた体が重力へと引き寄せられた。


 着床し仰向けになったギケの顔を、ゆっくりと音を立てずに、しゃがみながら覗き見る。

 その者の表情は、不敵な笑みと得体の知れない恐怖が混じる、想像を絶する物だった。

 しかしそれに相反して、言葉の内容はとてもだった。


『そういえば、私の計画に必要な人材の話したわよね?』


『失礼ですが……あなたに協力出来る等、このギケ以外いないのでは?』


 恐る恐る声を震わすギケだが、自らに絶対なる自信を持っていた。

 だが……その自信や強さ等、只の自惚うぬぼれでしかない――――ギケが気付いた頃には、殺気を放つ拳が眼前に迫っていた。

 それは、容易に生と死が表裏一体の状況を感じさせる。


『私は今すぐにでも欲しい物は手に入れたい性格なの。協力してくれるかしら?』


 耳に聞こえる声が段々と遠退き始め、いつの間にかギケの意識は一瞬で闇に包まれる――――


 しばらくして目覚めると、そこはギケの想像を絶する灼熱の大地だった。


 危険度level-Ⅳ ――――〝煉獄れんごくことわり〟――――


 元は地下深くに位置し、数多の危険種が蔓延はびこる巨大な迷路状の古代遺跡であった。


〝平均危険度level-Ⅲ〟と非常に高く、が来るまでは、限り無くlevel-Ⅳに近い存在――――〝千獣の迷宮王ラビリンスレオ〟があるじとなって、この地に君臨くんりんしていた。


 だが――――それと対峙した瞬間に、主は

 そして己の力を鼓舞する様に、無限にも及ぶ燃え盛る業火で、全ての危険種は焼き払われた。


 その時を境に、ここは〝煉獄れんごくことわり〟となった――――


 誰も踏み入れた事のない未開の地にやってきた2人は、難なく最奥部に鎮座ちんざする主の前にいた。


 沸々ふつふつと煮えたぎるマグマは、流れでる汗すら瞬時に気化させ、正気を保つのもやっとの思いだった。


 紅蓮の炎に包まれた二又の大刀と、天上を穿うが炎上双角えんじょうそうかくの兜。

一点の曇りもない、眩い輝きを放つ深紅の鎧――――それは、百戦錬磨の武者を彷彿ほうふつとさせる〝煉獄の主〟たるよそおいである。


 ギケは絶句を呑み込み、指を差して『おいおい……まさかって言いませんよね?

 』と口早に呟いた。


 その者は、見るからに焦るギケの言葉を聞いてか聞かずか、冷静冷酷に淡々と口を開いた。


『私は極力魔力を消耗したくない。ギケ……自意識過剰な、お前なら行けるでしょ?』


 その時の顔は見えなかったが、今のギケに後退等なく、全身全霊を持って前進するのみである。


 ――――〝何でもします〟――――


 ギケは確かに先程そう言った……が、いきなりこの状況は死に急ぐ様な物だった。


 主への道は至極単純の一本道であり、両脇には灼熱の炎と溶解する岩石や生物だった肉塊。


 一歩ずつ近づく度に、肌を覆う魔法の糸が急速に焼け焦げ、いちじるしく魔力を消耗する。


 主は、激しく燃え盛る椅子に座ってはいるが、あまりの強大さに実物以上の圧迫感が押し迫る。


〝煉獄の主〟は、命のやり取りと言う物に飽いていた―。

一度ひとたび〝矛〟を振るえば、絶命は必死であり必勝でもあった。


 あの時、自らの限界を越えさせ、又、奮い立たせたは己の手で始末した。


 武の高みを追い続けた絶頂期は過ぎ、ひたすらに待っていた。

対等以上に渡り合え、自らを殺せる絶対的な存在を……。


 如何いかなる奇襲があろうと、決して動じる事はせず、只、己の身を絶対としている。


 何故ならば、強者たる所以ゆえんだからだ。


 その主の名は――――〝焔獄兜武者ヘルクレス-危険度level-Ⅳ〟


 過去に満身創痍まんしんそういとは言え、を一度倒した危険種である。

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