第138話【煉獄の理に君臨する者その1】


 ギケを一撃で仕留める筈だったセリエは、突然の出来事に拍子抜けしてしまった。


 目的地である〝晦冥の奈落〟に着く前に、なるべく戦闘は避けたかった。


 しかし、ノーメンには不測の事態さえ、セリエには想定内ではあった。


 精霊の力は強大であるが故に、継承には任意又は、だろう。


 疑問に満ちた表情で辺りを見渡せども、ノーメンとバスクス以外の人影は見当たらない。


 セリエの瞳に映る光景は、嵐が過ぎ去った後の如く……。


 だが実際には、


颶風ぐふうの大鎌〟により引き裂かれた巨蛇の死体は、相変わらずだらしない格好で垂れ下がっている。


 首を横に振り両手を宙に向けながら、ノーメンに対し自分には理解出来ないと顔で訴える。


『おい、こりゃあ……どういう事だ?ノーメンの旦那~!!俺は頭良くないからさ、分かりやすく説明してくれよ!』


 セリエの真上から見下ろしていたノーメンだが、同じく事態が飲み込めていなかった。


 疑問に首をかしげるノーメンは、同じく


 しかし、用心深い筈のノーメンは忘れていた――――


 同行していた


 奈落へと真っ逆さまに落ちるバスクスを見て、マスクの口元に手を当てながら、(あっ……しまった~!!)と可愛らしく驚いた。


 気絶したまま奈落へと向かうバルクスを、腕を組んだノーメンは大人しく見ているだけだった。


 考えを巡らしているセリエの後ろを、バルクスが高速通過する直前、指を鳴らし風精霊の恩恵ウィンドベネフィットで浮遊させる。


 にたどり着いたセリエは、半信半疑な気持ちで口を開いた。


『この変な感じと、まるで目の前の出来事を悪戯に――――まさか……な?』


 答えに心当たりはあるが、新しい疑問が頭を駆け巡る。


――――?今が絶好の好機の筈なのに……』


 ここまでの事は想定外だったセリエは、考えども深く途方もない奈落の底にいる気分だった。



 ☆



 ――――〝いびつどき狭間はざま〟――――


 一方、セリエを殺す為に本気で攻撃していたギケは、真っ逆さまな格好で空中に止まっていた。



 眼は僅かに動かせども体の自由はなく、視認出来た限りでは、薄汚い地面に瘴気が闇の中を漂う空間。


 居心地の悪い場所――――ここは何処だ?


 思い当たる節がないギケは、動かぬ口で心の声を出した。


『おんっ?……一体何だこりゃあ?』


 拍子抜けで情けないその音は、辺りに反響しながら何度も何度も耳へと伝わる。


 数秒の沈黙後。


 やがて音は命を失った時、ギケはで即座に理解する事となる。


 頬を刃で撫でられる様な殺気を帯びたその声は、あたかも冷静な口調でギケに問う。


『して――――ギケよ。これは一体どうゆう事?何故アイツ等を攻撃したの?私はそんな命令してないわよね?』


 まるで幼子に言う様な素振りを見せるが、先程まで正常だったギケの心臓は、はち切れんばかりの衝撃で全身を強く締め上げる。


 答えを間違えれば問答無用の即死――――


 それは、本能が必死に叫んでいる様だった。


 ギケは言い訳まがいに『別に危害を加える事はしてねぇよ。ちょっとカラかっただけだ』と苦し紛れに返答した。


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