第137話【〝VSギケ〟餓鬼の断壁での死闘その3】


 右指を執拗に動かす度に、鈍い音を立てながら頬を撫でる血を、左手ですくい舐めとるギケ。


『ぁああっ、至福だぜぇ……まるで頭の中をかき混ぜられて、滅茶苦茶になる高揚感――――、セリエェ?』


 千鳥足の様にフラつきながらも、自らの足から発する糸を四散させ、浮遊するセリエへと不気味な笑い声と共に近づいていく。


 足場の無い宙に対し、平然と――――そして時折、糸の反発力で跳ねながら楽しんでいる様子だった。


 そんな狂喜染みた行動をするギケを、眼前にするセリエだが、反応を見せる。


 耳にゴミが詰まっている様な仕草をするセリエは、側頭部を指で小突きながら言った。


『あっごめんごめん。話聞いてなかったわ!!あとさ……頭に指突っ込む、ぶっちゃけ宴会芸かくしげいは今時流行らないぜ?』


 セリエの言葉に気分を害したのか、舌打ちを鳴らしながら、〝神の見えざる糸〟を使った三次元的跳躍力で死角からの奇襲をする。


 より高く……セリエが見失う程に飛んだギケは、周囲360°に無数の糸を作り出すと、次々と方向を変換し力を掛け合わせる。


 自らを1つの糸、もとい――――一本の槍と化すギケのスピードは最早、でも対処は出来ない。


 曲りなりにも協会屈指の実力者であったドーマ率いる〝一輪の炎〟で、に任務を遂行してきた人間だ。


 勢いに乗り調子を取り戻したギケは、饒舌多弁じょうぜつたべんとなっていた。


に、今は〝精霊の器〟を殺すなって言われてたが、てめぇはこの場で八つ裂き死刑にしてやらぁ!!』


 加速に加速を重ねたギケが隙だらけのセリエを標的に、脳天直下から貫こうとした……


 その頃、元仲間同士の闘いが行われる中、離れた場所で未だに気絶したバルクスと居るノーメン。


 互いに歴戦の強者である二人の決着は、熾烈しれつを争う物かと思われた。


 だが、事態は以外にも早期決着となる。


 ギケの攻撃に対するセリエの判断と、反撃カウンターへの準備は完璧だった。


 見えない物ならばそもそも


 相手が速いなら待ち構えてそれを利用するのみ。


 全身を包み込む風の刃で覆っていたが、それは結果としては意味をなさなかった。


 対して、一見ギケは狂ってしまった様な態度を取っていたが、冷静に目的達成への算段を立てていた。


 四方八方を縦横無尽に駆け巡るのは、あくまでもそちらに意識を逸らせるためのハッタリ。


 本当の目的はニッシャを隠しているの捕獲又は殺害だった。


 それは瞬き程……否、瞬きにも満たない程の出来事だった。


 セリエは変わらず立ち尽くすが、先程まで張り巡らされていた〝糸〟や、それを駆け巡る〝ギケ〟の姿はない。


 目の前の不思議な光景に呆然とするセリエは、一切の血を流す事なく疑問に満ちた勝利を手にしていた。

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