第135話【〝VSギケ〟餓鬼の断壁での死闘その1】


 笑いながら両手で顔を覆うギケは、激昂げきこうするセリエの言葉に反応する。


『正真正銘の……小細工無しだぁ?――――なら、単純に殴り合いでもするっきゃないな?』と、鋭い眼光で睨みながら魔法を解除する。


 すると、セリエの四肢にくくり付けられた糸は消え、待ち構えるギケの眼前まで風の浮靴ウィンドブーツで向かう。


 殺意にも似た沸き立つ怒りを抑え込みながら、空中を散歩する様にゆっくりと歩を進める。


 セリエを待ち構えるギケは、恍惚こうこつな表情で自身の体に付着した巨蛇の体液を使う。


 念入りに髪や髭に潤いを与えるが如く塗り始める。


 まるで恋に焦がれる乙女の様にセリエを待つギケは、張り裂ける程高鳴る鼓動を右手で抑え込みながら高らかに言う。


『はあぁぁぁぁあっ……!!俺が求めていたのはこれだよっ!!。怒りや憎みを帯びたその表情だよ――――』


『さっきから一々、五月蝿な……


 互いの拳が届き、尚且つ息遣いが聞こえる距離まで近づいた両者。


 ようやく対峙出来るこの時を待っていたかの如く不敵に笑い始める。


 怪しい雰囲気が漂い数秒程の沈黙の後、先に口を開いたのは意外にもセリエだった。


 見下しながら腕を組み、あくまでもでの決着を試みる。


『――――おい、ギケさんよぉ。今から謝るなら


『おんっ!?――――目上の人間に対するうやまいが成ってないな。それともあれか?見ねえ間に


 ギケはセリエの口調に対し、煽る様に突っ掛かりながらも、その動きには隙が全く無い上に、頬を指で撫でながら言った。


『今なら後輩のよしみだ。一発位殴らせてやるぞ?ホレホレ!?』


 挑発に乗ったセリエは戸惑う素振りもせずに、の拳で振りかぶる。


 一見無防備なギケだが、それは幾重にも計算され尽くした巧妙かつ姑息な罠だった。


 精密作成に時間は掛かれど、体を包み込む様に編まれた超硬度な糸は、〝危険度level-Ⅲ〟でさえ感知されずに暗殺が可能であり、自己犠牲を装ったである。


 今のセリエの様に感性の法則に従い、触れよう物なら一刀両断を避けれない。


 勝利への喜びに堪えきれないギケは、拳が当たる直前まで歯を出して笑顔で待ち構えた。


(はい、嘘でーす!!小細工&罠盛り沢山の死地へようこそ――――この世界は、お前みたいな馬鹿正直な奴等が地獄を見るんだよ!!)


 興奮と快感を与えてくれる瞬間を待ち望んだギケ――――だが、そんな悪徳な予想に反し、頬を鋭く捉える生身である筈の拳が炸裂した。


『なっ……にぃ!?』


 骨がぶつかる鈍い音が崖中に響き、巨蛇の胴体上を転げ回る様に吹っ飛ばされたギケには、自身に何が起こったか到底理解ができなかった。


 咄嗟とっさに受け身を取り片膝を着きながら血を拭うギケ。

 それを見たセリエは得意気に汚い血の付いた拳を、風魔法を使い一息で飛ばしながら言った。


『ふん、その表情からすると、……。てめぇが心底クソ野郎で助かったぜ――――これで心置きなく!!』


 セリエはギケのうそを見破り、拳での一発を喰らわせるため、先ほどノーメンに〝俺の拳に消行記憶を纏わせろ〟と合図ハンドサインを送っていた。


 ノーメンの魔力により糸は打ち消ていた。


 その結果、一撃を受ける羽目になったギケ。


 そんな思わぬ一撃に対し、これまでひょうきんな男を男は、狂ったように笑う。


 まるでネジが外れた玩具オモチャの様に、制御が効かない怒りを表に出す。


『あ゙っ?……誰が誰をぶっ殺すだって!?所詮は、精霊をしんに使役する事に至らない〝仮の器〟何だよ!!』


 児戯の様に煽るギケに対しセリエは、小さく鼻で笑うと、自らに親指を差して宣言した。


『仮の入れ物だろうが、だからどうしたってんだ?!!。それは――――


 まさかの態度に意表を突かれたギケは沈黙をしたが、まるで追撃する様に口撃こうげきを行うセリエ。


『第一てめぇみたいな不潔野郎には、たとえ天地が引っくり返ろうが負ける気しないけどな』

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