第134話【奈落からの洗礼と復讐せし者その10】


 セリエはギケの挑発に乗らぬ様に、必死に唇を噛みながら堪える。


 その拍子で流れ出る血は糸を伝い、見えぬ糸が赤へと着色されその姿を現す。


 アイナを中心に無数の糸がセリエの四肢へと繋がっており、一種の引き金の様になっていた。


『まぁ……お前も馬鹿じゃねぇから、今すぐにでも助けたいだろうが、その場から動けねぇよな?』


 ギケはセリエの体を舐め回す様に視線を走らせ、思わず口からこぼれるヨダレを左手で拭う。


 〝行動が制限される〟それはギケの言う通りであり、事実――――セリエが魔法を使用する際は、必ず指で決められた動作をしなければならない。


 だが、セリエの両手十指には既に〝神の見えざる糸〟が巻かれている。


 それはアイナの全身へと繋がっていることを感覚と直感で理解していた。


 少しでも動作を試みれば、恐らくアイナの四肢はむごく切断され、取り返しの付かない事態に成りうる。


(見た目通り中々のゲス野郎で安心したが――――となると……)


 欠伸あくび混じりで伸び過ぎた髭を触るギケは、一定のリズムは崩さずに淡々と口を開いた。


『あ~腕疲れたな。このままじゃこの娘を、奈落の底へ真っ逆さまに落としちゃいそうだなぁ』


 その絶体絶命となる言葉に、セリエは闇を照らす一筋の打開策ひかりを見ていた。


 一切の反応がないセリエを多少成りとも疑問に思った。


 しかし、考える事が苦手なギケは面倒くさそうに、髪の毛を掻きむしりながら高らかに宣言した。


『あれ?あまり乗り気じゃないのか?……それじゃあ恒例のカウントダウン始めようか?。3・2・1――――はい、落下~!!』


 ギケの非情な手は、意識の無いアイナから外れ、そのまま闇へと吸い込まれていく。


 自らがやった行いに感動したギケは、奈落を覗き込む様に巨蛇上の縁ギリギリまで近寄る。


 甲高い口笛を鳴らしながら子どもの様に目を輝かせ、薄気味悪い表情をしながらセリエに視線を向け言った。


『ひゅ~。人間の自由落下って初めて見たぜ。早く救出しないとに喰われちゃうぜ?』


(さぁ、助けに動けよセリエェ。仲間が目の前で死ぬ様をてめぇにも見せてやるよ――――五年前、ニッシャに殺されたドーマみたいになぁ……)


 だが、怒りを人知れず燃やすセリエには、この窮地きゅうちを脱する作戦プランがあった。


 それには相棒であるノーメンが鍵となる。


(今のアイナちゃんの魔力貯量は、極限まで消費したせいで限りなく0に近い――――だが、〝風精霊ウィンド恩恵ベネフィット〟で包まれているお陰で使


 ギケが自己陶酔じことうすいし油断している隙に、ありったけの声を腹から出し叫んだ。


『ノーメンの旦那ー!!今だっ!!』と、言いながら


 ギケはセリエの言葉に反応するのに数秒程掛かったが、長い付き合いであるノーメンは2で理解していた。


(セリエめ、そう言う事か!!アイナよ、待っていろ今行く!!)


 それに気付いたノーメンは足に作用していた〝風精霊ウィンド恩恵ベネフィット〟と、バルクスに掛けられた〝幼子チャイルド悪戯ミスチフ〟を自らの魔法で打ち消す。


 抱き合いながら浮いていた2人は魔法が切れた事により、奈落の闇へと吸い込まれていく。


 一心同体となった男二人分の重量により、落下スピードはアイナを優に上回る。


 ギケと対峙するセリエの背中を、弾丸の如く通り過ぎるその姿は、正にとなっていた。


 途中で作戦をギケに気付かれたが、鋼の肉体の前では糸クズ等無意味。


 漢達ノーメンとバルクスは、落下から即座にアイナに近づいていく。


『さすが相棒、意思の疎通が完璧だぜ……』とセリエが称賛する状況でも、ノーメンは内心ヒヤヒヤしていた。


おとこ二人タンデムで自由落下何て作戦……無茶苦茶だっ!!――――途中、何やらギケに魔法攻撃をされたが、事前に無意味ミーニングレスネスを発動させておいて助かったぜ……)


 無事に追い付いたノーメンは、アイナをニッシャがいる魔力貯蔵空間まりょくちょぞうくうかんへと移動させた。


 ホッと息をつくのも束の間、保存していた〝風精霊ウィンド恩恵ベネフィット〟を再使用し宙に浮くノーメン。


 ノーメンの魔力〝消行記憶〟は、自身の魔力容量内であれば、たとえ人でも消すことが出来る。


 それを最大限利用した救出作戦だった。


 蛇に睨まれた蛙の様に動けないセリエだが、奈落を吹き付ける風の便りにより、みな無事だと感じ取る。


(どうやら救出成功したみたいだな。いつもノーメンの旦那には感謝してるぜ……さてと――――)


 ギケはわざとらしい態度で『あちゃ~』と言いながら、額に手を付いて露骨ろこつに悔しがっていた。


 足枷ひとじちが無くなり、やっとぶつけようのない怒りを、発散出来ると思ったセリエは静かに口を開いた。


『てめぇ、良くもふざけた事してくれたな?ここから先は、正真正銘の小細工無しで一騎討ちと行こうか?』

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