第130話【奈落からの洗礼と復讐せし者その6】


 巨蛇のうねりにより足元が縦横無尽に大きく揺れ、全身の筋肉が踊るのを肌で感じていた。


『アイナざあ゙ぁぁぁぁあん!!ちくしょうっ……!!』


 バルクスは、まだ微かに残る人肌に温かい体を、懐かしそうに撫でながら、


 血がにじむほど拳を握りしめたバルクスは、己の無力さ――――不甲斐なさを呪った。


 また愛する人を目の前で失った。


 もう、こんな事が2度と訪れない様に、〝覚悟〟と〝肉体〟を持って来たつもりだった。


 けれども、自身の熱い思いに反して


 暫くして能天気に遅れてやって来た空気知らずの男は、この状況でとても呑気な行動をした。


 ホップステップジャンプの要領で華麗に現れたノーメンは、バルクスの肩に手を置くと、無言で複数回頷いた。


(バルクスよ気持ちは、痛いほど分かる……餓鬼の断壁ここで、はしゃぐと楽しいよな)


 どうやらノーメンは、身震いし涙を流す程に楽しんでいると勘違いしているようだ。


 だが現実は残酷であり、バルクスはアイナの事で胸が苦しくなり、見当違いなノーメンの右手を握る。


 そして、小刻みに震えながら振り返り、声にならない声を上げた。


 頭を優しく撫でるノーメンの顔は、マスク越しだがとても穏やかな表情をしていた――――とかしてないとか……。


 静寂と混沌とした闇の中、大のおとこ二人が、互いの漢気おとこぎを認め合うように触れあっている。


 涙と鼻水でノーメンお気に入りのローブが、台無しになっているのを本人はまだ知らない。


 そんな、暑苦しく抱き合っている男二人を引き裂くように、上空から急降下して現れたセリエ。


 涙目のバルクスは、ノーメンの肩から微かに覗く、セリエの姿に驚愕した。


 精神的に追い詰められて、もう何が何だか分からないバルクスは、だと思い、抱き合いながら口を開いた


『セッセリエさん!?おぉっ……あなたが見えるということは、という、神のおぼしなのですね――――』


 事態は一刻を争う事であり、むさ苦しい抱擁ほうよう等、構っている余裕は今のセリエにない。


 話は簡潔に分かりやすく的確に、調冷静にして言った。


『話は後でする……今は迅速に行動だ。――――!!』


 突然の出来事に『はひっ!?』と、情けない声を上げるバルクスは、鬼の形相のセリエに萎縮いしゅくしていた。


 無言で頷いたノーメンは、風魔法で強化された両足で、垂直の岩壁を蹴りながら直角に飛んだ。


 岩肌から離れたおとこ二人が、セリエの〝射程圏内〟に居ないのを確認する。


 静かに深呼吸をし、巨蛇が出現した付近の岩壁に狙いを定め、右拳を


 魔力をさせ、衝撃インパクトを放つ瞬間に〝災害levelⅢ〟――――地災割壊ちさいかっかいを発動した。


 放たれた魔力はセリエの手を〝震源地〟として、〝餓鬼の断壁〟全体へと響き渡る。


 大気を揺るがす程の地鳴りと共に、強固な岩壁には数百Mにも及ぶ亀裂が姿を現す。


 風化により脆い箇所等は岩肌から落石し、下降にある晦冥の奈落へと吸い込まれる。


 削られる様に内部が次々と露出してゆき、騒がしく辺りを轟音が鳴り響く。


 息が少しだけ上がったセリエは、ノーメン達には聞こえない声量で怒りをあらわにした。


『さぁ、早く顔を出しやがれクソ蛇……俺達の!』

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