第129話【奈落からの洗礼と復讐せし者その5】


 落下するバルクスは、風の助力と身体硬化魔法ジ・マン・ボディを利用する。


 硬化した両拳で前進させる様に、岩壁を殴りながら加速していく。


 岩壁に激突しながら減速するアイナよりも重く、風魔法により勢いづいたバルクスは直ぐに追い付いた。


(あと少しで掴めそうだ……頑張れバルクス!!お前なら出来るぞ!!)と己に応援エールを送りながら手を伸ばす。


 それに応える様にアイナも余力で手を伸ばし、僅かだが二人の指が触れる。


 その好機を逃すまいとバルクスは、限界の先まで更に加速させ、手を掴み抱き抱える。


 とてつもない遠心力により風速林檎スピードアップルは、アイナからバルクスへと渡る。


 岩壁への強烈な接触は、自身の魔法のお陰で魔力は消費こそしたが、守るべき者アイナを救い出すことが出来た。


 威力が弱まるまで数分と続き、林檎が二人から離れ闇に消えた頃。


 幼子の悪戯チャイルドミスチフで岩壁に立つバルクスと、魔力が底に近いアイナ。


 右手で頬を掻きながらも、照れくさそうにバルクスが口を開いた。


『こんな頼りない門下生ですみません……ですが、貴女のためにおとこバルクス参りましたよ!!』


『フンッ!!バルクス、あんたは本当に無茶苦茶だわっ!!でも……ありがとう』


 小さな声でそう応えたアイナはどこか優しく、腕に伝わる体温が


 刹那――――


 互いに安堵した瞬間を嘲笑うかの如く地が割れ、〝餓鬼がき断壁だんぺき〟におけるあるじが、闇より出でてその姿を現した。


大喰らい巨蛇イータースネーク、体長100Mタイプ〕=【危険度level-Ⅲ】


(円周は樹齢100年の大木程で、 長尺ちょうじゃくな胴体を岩場の割れ目等に這わせる事により、その身を上手く隠している。武器となる鋭歯は、生涯共に上下の歯4本のみであり、強力な消化液も相まって基本的に獲物は丸呑みする)


 死角となる地中からの攻撃に対し、咄嗟にアイナを左腕で抱き抱えた状態となり、残りの右腕の力のみで上顎を押さえるバルクス。


 両足は蛇の咥内こうないに深々と沈み始める。


 上手く力が伝達出来ないせいで、徐々にその身は押されていき、アイナの服は消化液に当たり小さな煙が上がる。


(くそっ!!膝まで消化液がっ!!俺はともかくアイナさんだけでも……)


 アイナを傷付けまいと奮闘するバルクスは、自身の魔法ジ・マン・ボディのお陰で無傷で居られる。


 それは――――


 満身創痍のアイナはともかく、現時点でのバルクスでは〝危険度levelⅢ〟を討伐、又は撃退は難しい。


 だが、たとえ無謀で死に急ぎだと言われようとも、情熱と信念を持ってきた。


 危険度levelⅣ〝晦冥の奈落〟任務に行く際、おとこは、


 誰かを守る盾となり、意思を曲げない事、変えない事、貫く事。例えその身を滅ぼして死んでしまっても……


『俺、貴女と出逢えてとても幸せでした。どうかアイナさんだけでも助かってください……』


 バルクスはアイナに心配を掛けたくないのか、力強く声を張った。


 しかし、抱えた腕は確かに震えており、虚勢を張る恐怖心にいち早く気付いたアイナは、深呼吸と共に優しい口調で返答した。


『えぇ……私も出逢えて良かったわ。けれどね――――私自身、


『それは、誰かさんの受け売りかも知れないけどね。復讐する事でしかせいを実感できなかった私に、あの人ニッシャやミフィちゃんが教えてくれた重要な事なの――――』


 冷静に話を進めるが、刻一刻と顎の圧力が掛かり、このままでは二人共に呑み込まれ、溶解される状態におちいっていた。


『バルクス……良く言うでしょ?人を呪わば穴2つってね。これは私が犯した罪への報いなのよ……』


『そんな事……絶対にさせませんから!!まで必ず生きて、皆で家に……帰りましょう!?』


 諦めが付かないバルクスは、迫り来る上顎に必死の抵抗を見せる。

 そんなバルクスを見たアイナは、思わず笑いながら口を開いた。


『ふふっ、貴方は本当に馬鹿だけど……どこまでも真っ直ぐなおとこだわ――――?』


 この危機から脱出する魔力は、今のアイナにはなく、バルクスを逃がすために生涯最後の魔法になる――――〝幼子の悪戯チャイルドミスチフ〟を発動させた。


 閉じる力に抗いながら踏ん張っていたが、アイナの強力な魔法により口外へと投げ出されたバルクス。


 それでも抵抗を試みたが、手を伸ばすよりも先に口は閉じ、アイナは無惨にも呑み込まれていった。


 閉じる間際、全身を消化液に呑まれるアイナが、満足そうに笑みを浮かべたのを見て、思わず涙が止まらなくなった。


 己の無力さを感じながら、獲物を捕食し満足した大喰らい巨蛇イータースネークが、巣へと帰る様を呆然と眺める事しか出来なかった。

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