第128話【奈落からの洗礼と復讐せし者その4】


 不幸な目に合うアイナが、ノーメンの股を抜けてから数十秒後――――


 気分が良く鼻歌混じりでスキップをするノーメンに対し、事態を知るおとこバルクスは


『ぬ゙お゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙っ!!アイナさあ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ん゙っ!!?』と聞くに耐え難い声量で、後方から物凄い速さで抜き去った。


 突然の出来事に呆然ぼうぜんと立ち尽くすノーメンの心に、元来がんらい宿る〝負けず嫌い〟の火が激しく灯る事になる。


(まだまだ、ひよっこの癖に生意気な!。先に晦冥の奈落入り口ゴールに立つのは、この俺だ!!)


 調整すればどんなに重力が下へ向こうと落下する事はない。


 複雑な操作は必要ない上に思考のみで自由自在であり、それは地上よりも快適でストレスフリーな便利魔法。


 その名も〝風精霊ウィンド恩恵ベネフィット〟。だが、限界を越えた先が、


(只の引き立て役だと思っていたが、本当に面白いおとこよ……これは認めざるを得ないな。貴様が俺と対等であるだと言う事をな!!)


 アイナを助けるための行為を勘違いしたのか、バルクスをライバル視したノーメン。


 途端に指を足元で鳴らすと、自らの魔法〝消行記憶ただ消える者〟で


 足に漂っていた風は体全体に纏い始め、辺りの小石やもろい岩等が、ちりとなって消えていく。


 心で激昂げきこうし垂直の岩壁を左右の足で踏み込む度。


 風の力が十二分に発揮され、〝幼子の悪戯チャイルドミスチフ〟で生身の体に負荷が掛かるバルクスを猛追もうついしていくノーメン。


 無論――――


 只でさえ視界の悪いマスク越しのノーメンには、アイナの姿を確認出来ず、己の自己満足プライドの為に走っているだけだった。


 一方で自らの命を省みずに助けてくれた女神アイナを、陸上選手もビックリな全力疾走で追いかけるバルクス。


 だが、〝風速林檎スピードアップル〟にて加速するアイナには、日々鍛えている己の肉体だけでは追い付けないと気付いていた。


『くそっ!!……どうする?おとこバルクスよっ!?全身の筋肉とも達よっ――――俺に再び力をおぉぉくれえぇぇいぃっ!!』


 覚悟を決め拳を固く握りしめながら、雄叫びを上げるバルクスは、力を込めていた両足で急ブレーキを掛け失速させる。


 小さな石が顔を掠りながら深淵しんえんの奈落へと落ちていく。


 そんな事は気にもせず止まると、同時に後方を振り返り、猛追するノーメンの前に仁王立ちの構えをした。


『さぁ、思いっきり俺の所へ来いっノーメンさん!!』


 先輩は時として、後輩に強く


 そう、心に決めているノーメンは、ありったけの力をに込める。


(フンッ……只のひよっこかと思えば、中々度胸があるな。このおとこノーメン、期待に応えよう――――行くぞバルクスっ!!)


 風魔法と筋肉、加速に加速を重ねたノーメンの速度は、暗闇を切り裂く人間サイズの弾丸と化し。


 空を舞いながらも飛び蹴りの要領で、バルクスの腹部に向い、右足から繰り出される強烈な一撃を放った。


 静寂の中で一際大きな轟音が鳴り響く――――


 だが、会心の一撃クリティカルヒットを受けたと思われたバルクスだったが、寸分の狂いのないタイミングで


 岩壁へと力が作用する幼子の悪戯チャイルドミスチフに無理矢理抗いながらも、〝風精霊ウィンド恩恵ベネフィット〟の、ノーメンを利用しながら極限加速するバルクス。


『待っててくださいアイナさん……スーパーヒーローは必ずやって来ますからっ!!』

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