第119話【歩む時と止まる時編その10】


 屋敷道場のまとめ役であり、自身の倍近い肉体を持つ筋骨隆々の男達からも、恐れられている小悪魔魚雷のアイナ。


 筋トレを愛し筋肉も愛し、ついでに脳筋な猪突猛進のバルクスが居ずとも、弟子達は互いに理解と尊重し合いながら日々成長をしている。


 大広間にてドスの効いた笑い声や、血管の浮き出た笑顔スマイル


 その中に、爽やかかつ聞き取りやすく、それでいて透明度の高い澄んだ様な声が混じっているのが、微かだが聞こえてくる。


みなで同じ方向を目指して、同じ場所もくてきへ向かう。それが修行であると同時にもっとも大事な個を磨き、やがて一人前の〝魔法使い〟になる――――


 共にひとつ屋根の下で過ごしてきた我々は、何いずれ来るその時に離ればなれになるかも知れない。


 未熟ひなどりから成長し何れ巣だった時、それぞれの所属部隊が違い荒れ狂う戦地で突然、命を落とすやも知れない。


 だが、これだけは決して忘れないで欲しい。


 この世に生きる1人1人の心の中には必ずしも、ある大事な思い出が詰まっていると言う事。


 それからお前達は孤独ではないと言う事、いつだって――――


 隣には肩を並べる仲間がいるからさ。ヤりきって出し切って掴もうぜ、自らが望んだ未来って奴をさ!!』


 と言う音声を、あらかじめ録音して、疲れた仲間をいたわる様に、治癒音声ヒーリングボイスにしていたバルクス。


 まとめ役のいない弟子達は依然として、落ち着きのない子どもの様に、行儀よく椅子に座りながら騒ぎ立てていた。


 或者あるものは、体中から響く様に鳴る甲高い音も手伝い、『腹が減った』と無造作に天を仰ぎ――――


 また或者あるものは、平凡や日常の様にいつもと変わらない、接し方で友と談笑をしたり――――


 そして或者あるものは、窓から覗く調理場の方を見ながら、隣の友人にこう言った――――


『おい、聞いてくれよ。目が凄く良い俺の気のせいかも知れないんだが……調理場あそこの窓におびただが見える気がするんだが?』


 すると、『どうせ何かの見間違いだろ?』や『腹減って夢でも見たのか?』の声が聞こえてきて、誰も調理場の方を見ようとはしなかった。


 気になり始めて数分程、その光景を見詰める。


 すると、積み上げられた生肉の壁を、する青紫色の光が、窓から零れ落ちているのを目の当たりにした。


 その不思議で魔法の様なその光景を、ただ1人だけ見ていた男は、あらゆる感情が麻痺まひしてしまう程に、前のめりになりながら食い入るように眺めていた。


 そんな朝食を待つ男達を他所に、自らの家である屋鋪へと向かう師匠、老婆リメイシャン


 最初こそ勢いがあったものの、二日酔いのせいもあってか協会の出入り口付近で盛大に吐いていた。


『頭がクラクラして気持ち悪いのぉ。それにしても……この歳になってもって幸せだねぇ』

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