第117話【歩む時と止まる時編その8】


 気を失ったミフィレンは、崩れ落ちる様に倒れ込む。


 床へと接触する寸前で、荒猿の小さな魔法〝ウィンド羽衣ベール〟により強打は免れた。


 手の中で包んでいた消鳥と荒猿の2匹を、もう離さぬ思いで、守るように胸へと近づけながら、安堵の笑みを浮かべながら眠りについた。


 一方、寸前まで犬は吠え、豚はヨダレを垂らしながら両肩に鎮座ちんざしていた。


 しかし、ミフィレンが倒れた事により、2匹は投げ出された勢いに任せて、調理台を埋め尽くす程の肉の山へと、吸い込まれる様に突っ込んでいった。


『ワォ~ン!!』や『ブヒィ~!!』と鳴く2匹の叫びは、優しく微笑むミフィレンに聞こえる事はなかった。


 徐々に肉塊へと埋まる鋼豚の瞳は、眩い程の輝きに満ちていたとか――――


 いないとか……。



【屋敷内-大広間】


 だだっ広い部屋の隅から隅まで届き、100名もの屈強な男達が並ぶ朝食スペース。


 そこでは、家事を全て一人でこなすアイナが不在のため、急遽代理でありながらも、まだ幼いミフィレンが朝食作りに奮闘していた。


 日課である早朝の稽古が終わり、汗で照りつけ疲れきった肉体が、陽の光を浴び脈打つ度に朝食えいようを欲していた。


 普段ならば、〝私語厳禁〟〝咀嚼そしゃく回数計測〟〝テーブルマナー〟〝日々の感謝〟等の最低限の礼儀を監視し、小さいながらも〝鬼に睨まれた兎〟の形相で睨みを利かすアイナ。


 弟子達のまとめ役であり、自慢の肉体の完成度ならば、〝屋敷内1位の漢〟。


 バルクスのお陰で保たれてきた秩序だったが、今日だけは程に、賑やかな声で溢れ返っていた。


 そんな空間に紛れて、朝食を待つ二人の男。がこんな会話をしていた。


『しかしまぁ……あんな小さい子に家事を任せても良かったのか?』


 当たり前の様な男の疑問を聞いた友人Aは、楽観的にこう答えた。


『確かにそうだが、アイナさんやバルクス、師匠が不在の今は仕方がないだろ?何かあれば魔法動物達がどうにかしてくれるさ』


 あまりにも他人任せの解答に、男は首をかしげながら深いため息を天井に向け、次の愚痴を漏らした。


『そう言う問題かねぇ……?兄弟子達が居ないおかげで普段よりは厳しくないが、師匠が帰って来るのは予定だと明日――――また地獄の様な稽古が始まるな』


 大広間に響く喧騒の中、友人Aは不純物がない様な真っ白の歯を見せ、ニコやかに笑いながら左隣の男の背中を叩く。


 すると、声を大にして言った。


『せいぜいは羽を伸ばして、のんびりとやり過ごそうぜ?』


 だが、友人Aの言葉は届かず、男は目の前に置かれた食事用の水500mlを一気飲みする。


 更に暗い表情になり、この先の人生を左右するであろう愚痴を呟いた。


『あぁ……昨日のアイナさんとニッシャって人との、あんな常軌を逸した物を見せられたら、ここでくすぶっている、俺等は一体何の役に立つんだろうな?』


 それを聞いた友人Aは数秒の沈黙の後で、悩みを打ち明ける男に対し、張り合う様に水を飲みきり淡々と口を動かした。


『さぁな、だけどさ……〝誰かのかなしみを止めるために、己の大事なものを差し出す〟って言うのも生きてる人間の選択としては、中々に格好良いと俺は思うけどな?』



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る