第112話【歩む時と止まる時編その4】


【協会内部-通路】


 アイナ一行を見送り応接室へ戻る道中、護衛を従えた老人二人が、他愛ない会話をしていた。

 老体シバは杖を床へと突きながら、視界を遮るほどの眉の奥から、老婆リメイシャンを見つめながら話し掛ける。


『のぉ、老婆リメイシャンや。ニッシャのために〝晦冥かいめい奈落ならく〟へ行くのはいいが、もしどうするんじゃ?……』


 心配そうな声を聞き、長い廊下中に響く程の高笑いをすると、曲がった腰を天井に向かって急に起こし、杖を持った手で力強く胸を叩きながら言った。


『ホッホッホッ―――――老体シバちゃんや、それは心配いらないよ。何たって、この居るからねぇ!!』


(齢80にして、この〝迫力〟と〝威厳〟。老婆とて少しばかり甘く見とったが、まだまだ道場主の実力は健在よのぉ――――)


 感心しているシバを他所に、老婆とは思えぬ程の勢いで胸を叩くと、当たり所が悪かったのか、衝撃で真っ青な顔で咳きを込む。


 前日に飲んだ大量の酒が、少しずつだが皺だらけの口元から顔を出し、水も滴る老婆を中心にアルコール臭が広がると皆、苦虫を噛み潰した様な顔をしていた。


 依然として苦しい表情を見せるが、尚も喋ろうとするリメイシャンと、若干引き気味のシバ、それから清掃用具を取りに行く護衛達で、通路は小さなパニック状態になっていた。


 リメイシャンは少しでも自身の不手際を挽回しようと、伸ばした背筋を〝礼〟の要領で、斜め45゜に折り曲げながら、声を大にして喋り出す。


『ジバぢゃんや、ごごばばがぜでざぎにいぎざじゃいここは任せて先に行きなさい――――ヴォェェェェ!!』


 吐きながらも親指を立てるリメイシャンに対し、老眼鏡が似合う白髪のナイスガイ、シバの眼前には今まで生きてきた中で、3本の指に入る程の汚物と悪臭漂う大量の酒。


 それから色とりどりの食材が形を残して出てきた。


(全く……料理も噛まないとはせっかちな老婆じゃなぁ――――はぁ、何だかこの先が心配になったわい)







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