第111話【歩む時と止まる時編その3】

 涙が瞳に溜まり視界がボヤけているミフィレンは、鼻息を荒らげながらヨダレを垂らす鋼豚を慰めるように言った。


『豚さんは悪くないよ――――もう泣かなくていいん……だよ?』


 号泣していると勘違いしたミフィレンの右肩に乗り、優しく気を使われた鋼豚は、鼻が詰まった様に『ヴフッ!!』と鳴き声を上げた。


 小さな首元で燦然さんぜんと輝く形見の〝一輪花のネックレス〟を、包み込む様に優しく握り締めるミフィレンは、主人に忠実であり、常に寄り添い励ますために生まれた〝炎犬〟と、バルクスの魔力で誕生し本能に忠実で、どこか憎めない〝鋼豚〟の二匹を交互に見ながら言った。


『私を……一人に――――しない……で』


 か細く呟いた小さな体には、波の様に押し寄せてくる不安定な感情のせいで、今は亡き大切な人にすがる事しか、唯一の心の拠り所はなかった。


『強くならないといけないのに、悲しい事ばっかりしか起こらない……ねぇ、ニッシャ――――貴女ならどうするの?』


 誰も居るはずのない天井に向かって、涙ながらに問いかけるが、正解や求めた答えは出ない―――――どんなに気丈に振る舞っても、周りを笑顔にしようと努力しても、常に付きまとうのは重く非情な結末。


 悲しみで押し潰される様にうつ向く顔は、呆然ぼうぜんと何もない空間を眺めながら、初めて出会った時にニッシャから褒められた、何一つ混ざりっ気のない〝蒼色の瞳〟が、感情に左右されながら濁った様に変化してゆく――――


〝どうして大切な人が遠くへ行ってしまうのか?〟

〝どうして側に居続けてくれないのか?〟

〝どうして結局一人ぼっちになってしまうのか?〟

〝どうして一度決めた約束を守ってくれないのか?〟


 声にならない思いを、僅かに残る理性で押し殺しながら、小さく狭い肩を震わせると、炎犬は落下しそうになりながらも、甘噛みで襟へとしがみつきながら耐えしのぐが、鋼豚は足を滑らせ再び床へと落下し、バウンドと共に金属音を響かせながら、丸い体はどこかへ転がっていった。


 手の平に微かに残る魔力の温もりは、先日のニッシャの温かさと重なり、沸々ふつふつたぎる怒りが相まって、唇から溢れる程の血を流しながらも強く噛み締める。


 したたり落ちる血は、止めどなく溢れる涙で濡れた床へと伝い、ゆっくりと分岐された運命の様に何処かへ消えてゆく。


 全ては自身が原因だと考えるミフィレンの頭の中には、少なからず〝幼き自身の無力感〟と連鎖する事柄に対する〝負の感情〟が、着実に心をむしばむ様に芽生えつつあった。


 その黒い感情とは対象的に、朝方の猿と鳥が飛び回った、屋敷前にある庭園と呼べるほどの立派な敷地には、極彩色の花々は日課の水を得て、今日も太陽の日射しを浴びながら元気に咲き誇っている。


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