第110話【歩む時と止まる時編その2】


 悲鳴にも似た叫びを上げたミフィレンは、笑みを浮かべながら落下する鋼豚を直視出来ずにいた。


 小さな両手で視界をさえぎると、重量級の音は調理場には――――


〝ピギャッ!!〟と、いかにも苦しそうな声だけが耳に入ってくる。


 それを聞いて余計に怖くなり、強く眼をつむり数秒の沈黙の後――――


 恐る恐る指の隙間を開けていくと、小さな傷1つも付かずにいる姿が視界に入る。


 照明の効果も手伝ってか、光沢を放つ銀色に輝く豚が、満足気に足元へ擦り寄ってきた。


 手の平サイズの小豚にかがみながら視線を向けるミフィレンは、忘れていたのか両手を叩きながら思い出した様に呟いた。


『良く考えたら鋼豚あなただもんね。心配しちゃったじゃない……ん?』


『ブヒッブヒッ!!』と足元で鼻息を荒くする小豚を両手ですくう。


 頭上にクエスチョンマークを出しながら、気がして、視線をまばゆく光っている鋼豚のお尻後方へ向けると――――


消鳥しょうちょう〟と〝荒猿あえん〟が、落下地点で力なくグッたりと動かなくなっている姿が見えた。


『えぇっ!!猿さん!?鳥さん!?』


 突然の出来事に驚いて変な声が出てしまったミフィレンは、重量感のある鋼豚を炎犬が座っている逆の右肩へ乗せる。


 その重さのせいかヨタヨタとふらつきながら近付いていき、膝を着いて押し潰された2匹を確認する。


『ねぇ、大丈夫?もしかして落ちちゃった豚さんを助けてくれたの?……』


 そう呟くが返答はなく、消鳥と荒猿を心配そうに両手で優しく包み込むと、心音が聞こえる程の近くまで胸へと引き寄せた。


 先程まで笑顔だったミフィレンは、先日のニッシャの死もあったせいか、抑えていた感情が涙と共に決壊していく。


『また、ニッシャみたいに目の前で死んじゃうのかな。何でいつもこうなっちゃうの?――――私が居るからいけないのかな?ねぇ、誰か教えてよ……』


 天井を向きながらそう呟くと、したたりゆく落涙らくるいほほを伝い、役目を失った人形の様な2匹に無数の雫が降り注いだ。


 初見から〝荒猿あえん〟とは犬猿の中である〝炎犬〟だが、大好きな主人ミフィレンが心配している姿を見て、『クゥン……』と小さく鳴いている―――――


 のを全く気にも止めない鋼豚は、調理台に置かれた山積みの肉を、脳内補完と匂いだけでよだれを垂らしながら眺めていた。




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