第68話【誓いの前日編その5】


 バルクスはそう言うと静かに立ちあがり、ミフィレンの正面でやや前傾姿勢で立つと


「これは元気が出るおまじないだ――――」と一言呟く。


精一杯モスト励ましマスキュラー


 スーツ姿でも見てとれるようにバルクス自身、幾多の鍛練をし首から腕にかけて日々磨き上げられた完成された自慢の肉体。


 それに付随ふずいし流動しながらリズム良く脈打つと、卓上の光を利用しながら、すじ1つ1つに明暗を付けてゆく。


 浮き彫りになったその筋肉は、彫刻の如き美術性を、まだ幼い瞳に遺憾無く発揮する。


 あまりの存在感のせいか、威圧感のせいなのか定かではないが、実質のところ……


 呼吸を忘れる程にミフィレンが金色の癖毛をなびかせながら魅入っていた。


 それから変幻自在に120秒程のポージングが終わると、一汗かいたバルクスはポケットのハンカチで顔のあせを拭き取り始めた。


 半ば放心状態のミフィレンに、歯抜けの笑顔を見せて一言。


「笑顔も筋肉と一緒さ。せないとその良さが伝わらないよ?さぁ――――機嫌を取り直して食事にしよう!!」


 手を差し伸べてくれたのは、ニッシャに次いでバルクスだけである。


 やり方は違えど不器用ながらも、必死に元気づけてくれるその姿が大好きな人ニッシャと重なり、思わず笑みが溢れ出し少しだけ気持ちが軽くなった気がした。


「おじさんありがとう……わたし、お腹すいちゃったから一緒に食べ行こうか?」


 ベットでお尻を擦りながら降りると、床に足が着かず慌てた素振りをするミフィレンを、バルクスは紳士的に抱き抱えると、優しく床に下ろす。


 二人で手を繋ぎ部屋の扉を開けると、廊下の光が眩しくて互いに眼をすぼめる。

 もの凄く目付きの悪い錦糸卵ミフィレンは、その表情で首を痛めそうな程、大柄なバルクスを見上げながら言った。


「食べ盛りだからお腹空いただろ?」


「うん!!今日のご飯なんだろうね。何だかお腹すいちゃったよ……」


「そのネックレスお洒落でキュートだね?今日の夕飯のメニューわな――――」


 子ども部屋から食事の会場である、屋敷内大広間までの道程は決して近くはない。


 しかし、まるで友達の様に仲良く話す二人には、あっという間の時間が過ぎていきました。

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