第2話【ある小さな絵描きさん】

 ――――〝居住地の洞窟内〟――――


 例の豪雨でびしょびしょになり、私達は住み処へ帰ると、濡れた体を魔法を使い、乾かしていた。


 雨は全てを洗い流してくれる気がすると思う。

 嫌なことも、目を背けるんじゃなくてなんかこう心が洗われるというか。


 小さな椅子に座らせ、私はあぐらをかきながら、濡れたミフィレンの髪の毛を乾かしてる最中だ。


 髪の毛がもしゃもしゃだったのが、雨で綺麗なストレートになっていた。


 先程受けた背中の傷は、消毒し応急措置で魔法で炙った。


 それが凄まじい痛みで、苦痛の表情を浮かべる。


 小さな顔が心配しているのを見て、少しでも励まそうと笑って乗り切ってやったよ。


 しかし、私以外誰も傷つかなくてよかった。


 ミフィレンが取ってきてくれた小さな花はあとでネックレスにするとして、さてどうしたものか……


 そんな考えの私を他所に、地面に落書きをしており、鼻歌混じりで地面を指でなぞっていた。


 小さな肩に顔をのせ絵を見つめると、夢中で絵を描くその顔は、幼いせいも相まってか私には勿体ない位キラキラ光っていた。


「ニッシャ!これニッシャ!」


 指を指したその先には芸術とかそこらへんの感性が皆無なもんで、人らしきなにかが描かれていた。


 うちの子は発育がいいし、感性も優れているとかなんとか親みたいな気持ちになった。


(私にも、子どもがいたらこんな感じなのかな……)


「おー良くできたね。ミフィレン!私こんな感じに見えるか?」


 顔を伺いながらその横のを指す。

 それは、どうみても私の等身が可笑しかったり、自分で言うのもなんだが長さが自慢の足が3本ある。


 毎日の手入れで光沢があり痛みには無縁な朱髪の毛はしまいには1本だったりしてた。


 それと――――決して実物は裸ではない断じてない……


 まぁ、そんなことはいいとして少し不思議なのは、私の後ろにモヤモヤみたいのが有ったこと位だがその場は黙っていた。


 その横に指を向ける、小さな人らしきものが描かれていて、2つの絵は同じように笑っており、口が裂けるほどの笑顔だった。


「じゃあこれはミフィレンだね!」

 私は目を合わせ描いた絵の様にニッコリと笑う


「そうだよ、可愛いでしょ?」

 それに釣られ満面の笑みで返す。

 いつもと変わらず笑い声が響き渡る。

(あー、幸せだなぁ)


 降りしきる雨のなか黙々と進む二人の男達は、ようやく目的地へとたどり着いた。


 猛獣達は、よそ者を追い出そうとしていたがただならぬ魔力に警戒をしていた。


「おやおや、ノーメンさんあそこに人が住んでいそうな洞窟がありますね」


 小柄は指を指した。

 その先には、ニッシャ、ミフィレンがいる住みかだった。


 いち早く気づいたのは、他でもない、まだ幼く魔力も開花していないミフィレンだった。


「ニッシャなにか来る!!気をつけて……」


 少女は大量の強力な魔力を体に受けたのか、【魔力酔い】を起こしていた。


 雨が森中を包み込み、雷鳴が洞窟の前に落下する。


 そこに立つのは二つの人影、閃光と共に現れたのはあの、二人組だった。


「おい、お前等、何故ここへ来た?」


 楽しい時間を無下にされた女は男達を睨み付ける。男は、軽快な口調で口早に話し出すす。

「何故って貴女が必要だからですよ残念ながらね?」


 僕達でも対処出来る事案とかなんとかかんとかペラペラとしゃべる小柄。


 そんな小柄を尻目に大柄は、無表情かつ無口であった。


 無口で大柄な男、ノーメンは顔がない、事実誰も見たことがないのだ。


 顔はお面の様な無地で覆われていて足元まである、長いコートを羽織っている。


 先程からこのおしゃべりな男、名はセリエと言う。


 髪や眼は琥珀色と翠が綺麗なグラデーションになっていて本人も気に入っている。


 ニッシャとは犬猿の仲でありお互いに罵倒し合う。


 特にニッシャが超が付くほど嫌いなのは言うまでもない。


 気絶したミフィレンをそっと横にし寝かすと、様子を伺う雨の音に負けずに広い洞窟内に響く程の声量をだした。


「もう2度と関わらねぇ、って言っただろ?帰んな!協会のジジィやババァ共に伝えとけ!」


 痺れを切らしたのか、ようやく口を開いたのは大柄な男ノーメンだった。


「ニッシャおかしい魔力安定していないな。後ろの子どものせい……か?」


 小柄からはニッシャでよく見えないが、ノーメンからはミフィレンが丸見えだった。


 隣でクスクス笑うセリエは流暢に話し出す。


「へぇ、こんな森の中にいると思えば男作って、子どもと過ごしてるたぁ、お前も中々乙女だねぇ。んで?旦那はどこだ?まさか食われちまったのかい?」


 挑発に耐えきれないニッシャは、言葉に殺意を込める


「てめえ、もう一度その人形おもちゃ私に壊されたいのか?」


 少しだけ顔がひきつり出しながらニッシャの眼をみる


「冗談はこの辺にしといて。今のこの国の状況知っているか?」


「そんなもの、私は知らぬ。戦争だろうが勝手にしてろ」

 突き放すように投げ捨てる。


「まぁまぁそう、固いこと言うなよ。お前さんには悪い話じゃないはずだ、また前みたいに暴れてくれればいいのよ?」


 やれやれと軽くため息を吐くと、一瞬で目の前へと詰め寄ると右の拳でセリエの顔面ど真ん中を捉える。


 勢い良く飛ぶセリエは激しい音を森中に轟かせながら、幾本の木を薙ぎ倒していた。


「魔法は使わないでおいてやる。本当に私に用があるなら。こんな人形使わねぇで直接来な!!そうしたら相手してやるよ」


 一瞬で数Mを移動し、尚且つタバコを口に咥えるニッシャ。

 指で火をつけ一息つくと。


「んで?……これでも私を連れてく気か?」


 さすがのニッシャでも見上げる形になる。


 仲間が吹っ飛ばされても微動だにしない男ノーメンは、奥にスヤスヤと眠るミフィレンを見ながら「ニッシャ、やはりおかしい子どもが原因か」と、セリエ、ニッシャには目もくれず、小さな声で呟いた。


 何かを察したニッシャは切返しノーメンの前に立ちはだかった。


「やめろぉぉぉお!」


 遮るニッシャを横目に、無惨に響く指の音は小さな命を軽く見てるように、幼い少女の姿を消した。


「てめぇの、その魔力久しぶりだな、私を怒らしたらどうなるか知った上だろうな?」


 ただデカイだけではない、その体躯は見た目の圧力だけでなくニッシャに実物以上の圧力をかけていた。


 ニッシャは後方へ飛び下がり一定の距離を取る


「ニッシャ、お前こそ私を嘗めるな」

 ぼそりと、呟いた。

(あいつの、魔力が昔と変わらなければあれは)


〔ノーメン〕=〔魔力-消行記憶〕


「お前の魔力は、自分の魔力貯量分を瞬時に消し去ることが出来る。つうもんだよな?それなら私を先に消さなかったのがそもそもの間違いだよな!」


 ニッシャは、右手で前方を凪ぎ払うように振り抜くと炎が生き物の様に縦横無尽に動き回り、ノーメンに襲いかかる。


 無駄だと言わんばかりに、炎は着弾前に消失する。


 消えた炎の中にはニッシャが中から現れノーメンに向かい渾身の一撃を放つ。


 鈍い音が響き渡る。

 その音はニッシャの右手が使えなくなったのを知らせるようだった。


「てめぇ、相変わらず硬てぇな」

 折れた右手を庇いながらも目の前の巨体を捉える。


(残るは左のみさてどうしたものか)

「抵抗するなら容赦はしない、力づくで連れてくぞ。」


 まだ傷が癒えないに+プラスして折れた右手と、相手は危険度だけなら、上級ともとれるノーメン。


(今の私に出来ることはを使うしかないよなぁ、だが時間がねぇ)


〝Ⅱ速まで10:00〟


 戦闘態勢に入った両者、だが事態は意外な結末を迎えることになる。


 ノーメンは背後から一直線に、電撃を喰らう。

 その一撃に倒れ、雷鳴が轟き、闇夜の森を照らす雷のその先にはアイツがいたのだ。


高電圧ハイボルテージ雷尾兎ラビット〕=【危険度level-Ⅲ】


(並の兎達よりも、幾回りも大きく、かつ、魔力貯量が多いためその電力だけで都市の年間電力を賄えるとされている。


 突然変異による進化で兎を統べる王にして、この森には存在しないはずの危険度level-Ⅲの超危険種である。)


「おしゃべりくそ野郎と無口巨人がきて、お次は、兎かよ……」


 兎が洞窟に向かい、雷を放つが間一髪の所で、右へ逸れる。


 興奮状態にあるのか、地響きがするほどのうねり声をあげるとニッシャの周囲が無数に光出す。


 咄嗟に、光らぬ方へ足が赴いた……それが、奴にとって絶好のチャンスだと気づかずに。


 光を避けた私は目の前で起こる、眩い閃光と雷音で視覚はおろか、聴力を一瞬失ってしまう。


 兎は勢い良く回転すると、自慢の尾を使い私は地面に叩きつけられた。


(熊からのダメージ、右手への負担それに続いて兎のビンタとは、我ながら笑えない。

 しかも外は生憎の雨で、私は死にかけている。もう、駄目かもな……)


 止まない豪雨、鳴り止まぬ雷鳴、そこに微かに聞こえるのは、幼い少女の声だった。


「ニッシャー!!がんばれー!!負けるなー!!」


 体中もうボロボロでとても立てる気力なんてなかった。でも何故だろう?


 あの小さな体で精一杯応援何てされたら、立たないわけにはいかないよなぁ。


〝Ⅱ速まで05:00〟


 兎の王は不思議だった。通常この攻撃を受ければ、倒れる筈の生物がなぜか立っている。

 理解出来ない感情がその心を奮い立たせる。


 だが相手は、手負いでありもう倒れていてもおかしくない状況に戸惑いながらも再びその体に向かい突進をする。


 気力で立ってるのが、やっとのニッシャはただ立ち尽くすしかなかった。それは、偶然か必然なのか?


 そこに、現れたのは先程出会ったあの

 超大型熊とその他多数の動物達だった。


 子を思う気持ちに感化された熊達は自らの森を守るために自分よりも危険な生物に立ちはだかったのだ。


 不思議な事に他の動物達も、兎に向かって攻撃をする。


大木たいぼくいのしし〕=【危険度level-Ⅱ】

(体は樹齢何百年の幹のような太さを持ち、その体躯から繰り出される突進は大木をも揺るがせる)


蔦狸つたぬき〕=【危険度level-Ⅰ】

(小さいながら、体に自生している植物を使い狩りや身を守るために使う)


氷栗鼠こおりす〕=【危険度level-Ⅰ】

(美しい見た目と、その珍しさから森の宝石とされている)


 またも、自分の思い通りにいかない兎は体内の電圧を高め、体中を巡らせた。

 分厚い毛皮と脂肪に覆われた熊でも効いたのか鈍い声をあげると負けじと両の爪で、兎の肉をえぐりだす。


〝Ⅱ速まで03:00〟


 私は、熊にふらふらになりながらも一礼をし、右手を庇い足を引きずりながら、ミフィレンの元へ歩き出す。


 雨で体が濡れているが、無数の蒸気がニッシャから流れ出る。


 熊と兎の攻防が熾烈を極める中、一歩、また一歩と着実にミフィレンの元へ歩みだす。


「ニッシャー!!熊さーん!!みんながんばれー!!」


 小さな応援団は私を勇気づけてくれた。

「ありがとうな。お前にまた救われたよ」


 Ⅱ速まで〔00:30〕


 熊はよたよたと倒れ、そこには体中を巡る電気が放電するかの如くその身を光らせる兎がいた。


(もう少しだけ、時間があれば……)

 ミフィレンは両手を広げ、ニッシャの前に立ち、暴走している兎の前へ立ちはだかる


「これ以上、みんなをいじめないで!!あなただって傷つくから!!」


 兎はこんなに小さな命にも歯向かわれていると思い込み、全身全霊をもってミフィレンに向かい雷撃を放つ。


 地を這うように凄まじい轟音と共にそれは小さな体へと吸い込まれるように向かい始めたその時だった。


 指鳴りの音と共にあれほど大きな雷撃が瞬時に消えたのだ。


「1つ貸しだぞ……」


 ノーメンはそう言うと、まだ先程のダメージが残っているのか気絶した。

「この礼は、きちんと都でしてやるよ。ありがとうな」


〝Ⅱ速開始00:00 stand-by


 ニッシャの体が燃え上がり、己の魔力を発火させることで、全身に巡らせその身は小さな活火山が如く活動を開始する。


 折れた右手は急速な魔力供給により元に戻ってゆく。


 その魔力の名は、〝火速炎迅かそくえんじん


「多少のお痛で済むと思うなよ!!」


 雷尾兎ラビットと呼ばれる所以はその尻尾にあり、雷を帯びた強靭な尾はあらゆる物理から身を守る……がニッシャの拳も例外ではなく、初撃は跳ね返されてしまう。


炎武えんぶ一の段‐一火次炎ひかじえん


 一撃また一撃と重ねる事に、徐々にだが小さな種火は勢いを増し、兎の体を押し始める。

「吹っ飛べ!!」と叫んだと同時にその身が炎に包まれ、燃え上がりながら勢いよく吹き飛ぶ姿は、まさに一目散に逃げていった。


 心配そうに涙ぐむミフィレンとその横で寝てる巨体、助けてくれた熊や他の動物達。そして満身創痍の私……

 魔法を解除すると、体から魔力が放出され空へと昇る。


 曇天だった空は、どこまでも広がる青空がそこにはあり、兎が逃げた先は、綺麗な「畦道」となっていた。


「んまぁ、久しぶりにしては、悪くない気分かな」


 懐に隠してある煙草を咥えると煙を上へと吹き付け、空を見ればまたいつも通りの晴れ模様がうかんでいた。


「なんか、シケッてんな。これ……」


 ~それから数日後~


 私は、数年ぶりとなる都へ赴くことにした。

 ちょっとした憂さ晴らしと、あの子に外の世界をみせてやりたかったんだ。


「ほら、支度は出来たか?もういくぞ!!」

 小さくうずくまり馬の尾の様にゆらゆらと揺れる1つ結びの髪の毛は地面に何かを彫っていた。

 その指先を見ると、確信した。


「ミフィレンは、やっぱり絵が上手いな」


 そこには、2人の絵の他に熊の親子や他の動物達と兎達、それとノーメンの姿が描かれていた。サイズ感はちぐはぐだが決まって笑顔で手を繋いでいた。


 そう言って、くしゃくしゃに頭を撫でると手を繋いで魔法協会がある都へ向かった。


 晴れ渡る空には1つの雲がない満天の快晴であり、嵐の後の静けさが如く。


 7色の個々に煌めく虹が森と都を繋ぐ橋のように、2人の門出を祝っていたのでした。

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