七章 探偵の死 3—4

 *


 僕は好機を待っていた。


 気落ちしたふりをして、黙々と食事した。


 昼食は今までとは、うってかわって、かんたんなメニュー。


 オムライスとビーフシチューに、サラダがついている。


 ゲーム終了後だから、予定外だったのかもしれない。


(まだだ。まだ特別ミッションが生きてる。僕は、やってやるんだ)


 といっても、朝食おそかったし、あんまり食欲ないんだけど。


 調子にのって、兄ちゃんと山ほど食べちゃったしな……。


 でも、食欲がないのは、僕だけではない。


 自分からランチを要求したくせに、見てると、さっきから蘭も食が進んでない。


「ごちそうさま」


 オムライスを半分、食べただけで、蘭はスプーンを置いた。


 食器をワゴンに戻すために立ちあがる。


 他のメンバーは、まだ食べてる。


 まわりのことなど誰も気にかけていない。チャンスだ。


 僕は蘭のあとを追って立ちあがった。なるべく、しょんぼりして見えるよう、うつむいて。


 トレーをワゴンに返して、蘭が引きかえしてくる。


 僕はポケットのなかで、スタンガンをにぎりしめた。


 そして、すれちがった瞬間、それを蘭の首あたりに押しつけた。


 テレビで見たとおりだ。


 ほんとに、一瞬で気絶するんだな。そのあたり、急所なのかな。


 僕はハデな音がしないよう、蘭が倒れる前に抱きとめた。


 これが猛なら、さっと姫ダッコして、走っていくんだろうが、僕の場合は、そうはいかない。


 両手で抱きかかえたまま、ひきずりぎみに運んでいく。


 出入口の近くまで来たときだ。


 ふと顔をあげた三村くんが、「わッ」と声をあげた。


 みんなが、いっせいに、こっちを向く。


「な……何しとんねん、おまえ」


「薫くん。正気か?」


 席を立って近づいてこようとするので、僕はスタンガンをふりかざす。


「来るな! 来たら、本気で、これ使うよ」


「まさか、あんちゃんの敵討ちか? 九重、殺す気ちゃうやろな?」


「僕は正規の手段に訴えるだけだ。いいから、だまって見てて」


「やめぇや。落ちつけ」


 三村くんが走ってきたので、やむをえず、僕はスタンガンを三村くんに押しつけた。


 三村くんが倒れると、ほかの三人は、その場で、こうちょくする。


 そのすきに、僕は食堂を出た。


 もちろん、一人で走っていったほうが早い。


 でも、ここに蘭を残していくと、僕の推理で真相をあばかれた彼が何をするか、わからない。


 それなら、つれてったほうがいい。


 だって、僕はもう死なない。


 猛がいなくなった今、たった一人の東堂家の男子だから。


 八十か九十か、あるいは百か。


 そんな年になって、天寿をまっとうするまでは。


 蘭があばれたからって、僕を殺すことはできない運命なのだ。


 僕は蘭をひきずったまま、ジャッジルームへ急いだ。


 赤城さんたちが恐る恐る、追ってきた。


 でも、僕のほうが、ギリで早い。なんとか、赤城さんや馬淵さんの鼻先で、ジャッジルームへ逃げこんだ。


 意識の戻らない蘭をゆかに置き、コンピューターを起動させる。


「告訴します。特別ミッションです!」


 モニターに野溝さんが映る。


 僕は、それを見ながら、食堂で考えた推理を語った。


 館内放送で、今ごろは外のメンバーも聞いてるはずだ。


「というわけで、犯人は九重蘭です!」


 やった。やりとげたんだ。

 僕一人だって、できるんだ。

 これからは、みんな僕一人で、やらなくちゃいけないんだ。


 話し終えて、僕は満足した。

 満足だけど、涙が出てきた。


 モニターのなかの野溝さんは、しばらく僕を見つめていた。


「話にムジュンはありませんね。いちおう、あなたの推理を認めます。九重さんを拘束しておきますので、九重さんをつれて本館へ来てください」


 本館側のトビラが、ゆっくりと、ひらいていく。


 やっと、ここから出られるのか。


 やっぱり、逃げ場のない空間に閉じこめられるのは、かなりの重圧だ。思っていた以上に、ほっとした。


「階段を上がり、右手奥の、つきあたりが、モニタールームです。そこまで来てください」


 モニターが暗くなった。


 僕はまた蘭をかかえて歩きだす。


 早くしないと、蘭が気づくんじゃないかと思うと、気が気じゃない。


 大階段を失神した人間をかかえていくのは、ほんとに大変だった。


 やっとのことで、指定の部屋に、たどりつく。かなり息が、あがっていた。


 モニタールームにカギはかかっていなかった。


 なかは片面がカーテンで仕切られた変な部屋だ。


 反対のカベ一面に、モニターがズラリとならんでいる。ビルの警備室みたい。


「すみません……遅くなりました」

「このロープで、九重さんをしばってください」


 いきなり野溝さんはロープをつきだしてくる。

 言われるままに、僕は蘭をしばりあげた。

 よし。これで、警察に引き渡せるぞ。僕の兄ちゃんを殺っといて、正当防衛なんかに、絶対させないからな。


 僕は気絶した蘭をにらんだ。


 すると、世にも美しい悪魔は、目をさました。


 ゆかに倒れたうえ、体の自由をうばわれた自分の現状を見て、深々と、ため息をつく。


「……かーくんのバカ」


 うぬっ。バカですと?

 だいたいもう、かーくんとか、なれなれしく呼ばれたくない。


 僕が、そう言ってやろうとしたときだ。ふいに、鼻さきに、ナイフがとびだしてきた。

 悲鳴をあげるヒマもなく、僕はナイフの餌食に——

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