七章 探偵の死 3—3

 *


 Aのモノローグ


 うまくいった。


 これで、何も心配することはない。


 東堂が生きていれば、真犯人が誰なのか、言いあてたかもしれないが、やつは、いなくなった。


 ほかのやつらには、真相はわからないだろう。


 これでいい。


 復讐は終わった。


 優衣の幻影に縛られることは、もうない。


 幼いころ、母親に育児放棄されて、養護施設に保護された優衣。


 優衣とは、そこで知りあった。


 子どものころは、あんなに純粋だったのに、大人になって再会したとき、優衣は優衣でなくなっていた。


 まわりの大人たちに、よってたかって優しい心を殺されたのだ。


 一見、明るく、ほがらかだった。


 でも、その笑顔の奥には、ぱっくり口をあけた深淵があった。


 いつも多大な努力で、闇の底に沈みそうな自分を、おしとどめていた。


 彼女のたびかさなる浮気は、たぶん、その心の表れだった。


 柳田もそうだし、長谷部も、そうだ。


 湯水とは関係はなかったようだが、ちょっと誘ったら、しつこくストーキングしてくると笑っていた。


 恋人に、そんな話をして何が楽しかったのか。当時は妬いてほしいのだろうと思っていたが。


 でも、何もかも虚構だったのかもしれない。


 近ごろは、そう思う。


 きっと彼女は、自分を地獄から、つれだしてくれる男をさがしていたのだ。


 彼女の理想の男を。


 だが現実には、彼女の求めるような男は、どこにもいなかった。


 優衣が自殺した本当の理由は、それだったのだと思う。


 まあいい。


 すべては終わったのだ。


 長谷部で最後だと思ってたのに、大塚が出てきたときには、おどろいたが……あの赤いロープ。


 優衣が割りのいい赤城の店を解雇されたあと、いろんなバイトを転々としてたのは知っていた。


 優衣は、みえっぱりだった。


 祖母の家は、とっくに飛びだしていたものの、お金持ちのお嬢様のブランドは維持したかった。


 まさか、そのために風俗店でまで働いていたとは……。


 遺された日記を見るまで、気づかなかった。


 大塚が優衣の働く店に、客として来たのは、おかしな写真を撮るためだったようだ。


 大塚のほうは、どぎつい化粧をした優衣に気づいてなかったらしい。


 だが、優衣は傷ついた。

 あの客だけは許せないと書いていたのは、たぶん、大塚のことだろう。


 だから、殺した。

 密室というには、ちんぷすぎるトリックだが、結果として、うまくいったからいい。


 優衣の闇が、いかに深かろうと、これ以上、血をふく傷口は存在しないだろう。


 何もかも終わった。


 すべてが、すんで、まっしろに洗われた新しい世界。


 みにくく、ただれた古い世界が燃えつきただけの、灰におおわれた世界を、洗われたように錯覚してるだけかもしれないが……。


 それにしても——と思う。


 それにしても、湯水は、なぜ死んだのだろう?

 自分で死んだのか? 殺されたのか?

 殺されたのだとしたら、いったい、誰に……?

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