五章 顔のない死体 3—3


「しらべましょう」と、蘭。

「下のやつら、呼ばんで、ええんか?」


「九人そろっても、部屋に入れる人数は知れてます。このメンバーとできることに変わりはない。もし、速水さんが中にいるとわかったら、その瞬間に退却しましょう。そのとき、猛さんたちを呼びに行っても遅くない。速水さんが、どこにいるかわからない今の状態で、少人数になるほうがリスクが大きい」


 大海は怖かった。

 だが、「いいですよ」と、赤城が賛成したので、うなずいておいた。

 赤城は蘭の意見にはさからわない。たぶん、蘭の『特別な人』光線にやられてしまった一人なのだ。


 赤城はおぼえてないようだが、以前、大海は赤城の店で一ヶ月ほどアルバイトしたことがある。まだ赤城の店がメンズ専門店だったころだ。

 赤城は厳しい店長で、男にも女にも冷たかった。しかし、大海には優しかったから、もしかしたら、この人ゲイかと疑っていた。

 こういう人が、蘭の美貌に目をつけないわけがない。


 赤城は大海と同様、蘭にハートのクリスタルを売りに行っている。見てはいないが想像はつく。

 それは金が欲しいというより、蘭に勝たせてあげたかったからではないだろうか。まあ、そんなことはどうでもいいのだが。


 蘭の指名で、赤城と三村、蘭自身の三人が速水の部屋に入ることになった。大海と湯水は廊下で待機だ。


「もしものときには全員、いっせいに退却ですからね。湯水さんはドアを押さえておいてください」


 緊張した面持ちで、蘭が203のロックをとく。

 ドアがひらかれると、すばやく三村と赤城が、両側から懐中電灯で照らした。目に見える範囲に人はいなかった。

 蘭が室内灯をつけ、内部に声をかける。


「速水さん、いますか? 抵抗してもムダですよ。こっちは全員そろってますからね」


 フェイクで脅しをかけながら、蘭は室内へ入っていく。

 スタンガンをかまえて、まず、クローゼットの前に立った。

 三村と赤城に両側から引戸をあけるよう無言で指示をだす。


 三村たち二人が同時にひらいた。が、そこも無人。

 ベッドの下は三村がのぞいて、首をふる。あとは隠れていられるのは、浴室だけ。


「速水さん。浴室にいるなら、出てきてください」

「そうや。逃げられへんで」


 返事はない。

 異様に張りつめた空気。

 浴室に続くガラスドアはノブが棒状だ。そこにハンガーをひっかけてまわし、蘭がドアをひらく。


 やはり、誰もいない。

 この部屋には、速水は隠れていなかった。

 廊下で見ていただけの大海も、これには、ほっと息をついた。


「なんや。おれへん」

「カードキーを探しましょう。三村さんは外に出て、見張りにまわってください」


 湯水はドアを押さえる係だから、実質、大海だけで外を守るのは戦力不足と、蘭は考えたのだ。


 残念ながら、まったく、そのとおり。蘭の期待に応えられない自分が、はがゆい。


 しばらく室内をあさって、蘭と赤城が出てきた。


「キーはありません。でも、あの人、おかしいな。ほんとにオタクなんだろうか」

「というと?」

「持ち物の趣味がオタクっぽくない。何色もカラーリングを持ってて、わりとオシャレさんです。あと、こんなものがありました」


 蘭が見せたのは、B5サイズのキャンパスノートだ。ざっとめくると、文字が、びっしりつづられている。


「ヒロくん。あずかっててください。あとで猛さんたちと合流したとき、検分しましょう」


 大事なものを任されて、大海は舞いあがった。蘭の行動には一喜一憂してしまう。


 速水の部屋を、また半紙を使って、五人で封印した。


 そのあと、念のため201も調べたが、成果はなし。


 次は二階の中央を占拠している、オーディオルームだ。


 二階はこのオーディオルームを中心に、周囲を廊下で取り囲む構造になっている。

 廊下の右手前に、さっきの三ならびの部屋。

 階段正面にオーディオルームの入口。

 直角に折れた廊下の左手に、湯水と淀川の二部屋がある。


 そこでまた廊下は直角にまがり、サンルーム、図書室の前を通って、つきあたりがT字路の廊下。

 このT字路が壁でさえぎられていなければ、二階は完全な回廊になっていた。ここが袋小路になっているため、いちいち、オーディオルームをまわりこまなければ、手前の部屋と行き来できない。


 オーディオルームの入口は階段側にある一つだけだ。

 ここでも入口に見張り役を残し、他のメンバーでなかをしらべた。

 壁一面のソフト類のなかから、湯水の部屋のカードキーが見つかった。

 これで、発見されたキーは全部で七枚。


 しらべたあと、オーディオルームも半紙でふさがれる。


「じゃあ、次は208の淀川さんの部屋。一部屋に二枚以上のキーが隠されてないと断言はできませんから、いちおうね」


 蘭の意見で調べたが、淀川、湯水の部屋からは何も見つからなかった。


 順路から言えば、次はサンルームだが、蘭はこう言った。


「サンルームは広い。これまでのように二人を廊下に残していくと、完全に分断されてしまいます。


 ほかの部屋を全室しらべて、無人の確証を得てから、あらためて五人で調べましょう」


 というわけで、さきに図書室を調査した。

 ここで見つかったのは、アキトの部屋、202のカードキーだ。殺人現場だから、あまり役には立たない。

 無人をたしかめて、ここも封印。


 T字路のさき、馬淵の部屋はキーがないので、そのまま封印。


 三村と柳田の部屋を蘭たちが調べるあいだ、また大海と湯水はT字路のまんなかに立って見張っていた。

 この間、サンルームを出入りする人間はいなかった。


 しばらくして、

「なあ、柳田さんの部屋、カギあんのやし、タオル外して閉めとけへんか? やっぱ、イヤやで。となりが、あれやと」


「それもそうだ。匂いも出てくるだろうし。じゃあ、ここもロックして、お札を貼っとこう。いいだろ? 九重くん」


「いいですよ。匂いは長谷部さんのほうが、ひどくなりそうだけどね。湯につかってたから腐敗が早い」


「言うなや。怖いやろ」

「怖いんですか? 意外にいくじなしですね」

「ふつう怖いやろ。死体やで」

「死体は襲ってきませんよ」


 赤城や三村と談笑しながら、蘭が帰ってきた。


「やっぱり、いませんねえ。速水さん。最後の砦、サンルームを攻略しますか」


 二階には、ほかに速水が忍んでいる危険性がなくなった。

 もう廊下の見張りは必要ないので、五人そろってサンルームへ入っていく。

 サンルームの外壁と天井はガラス製だ。昼間は陽光がさしこんで明るいだろう。しかし、夜間は照明が少なく、電気をつけても暗い。


 ここに入るのは、大海は初めてだ。

 ゆかには一部、土が敷きつめられ、樹木が植えこまれている。木々のあいだに小径があり、ちょっとした森の散歩道だ。


 感慨深く、蘭がつぶやく。


「こういう造りなら、室内でも外出気分を味わえるんですね。誰だか知らないけど、これ以上、僕の理想郷を血でよごさないでほしいな」

「誰って、速水やろ」

「でも、柳田さんを殺したのも速水さんとはかぎらないし」

「たしかに、馬淵さんを自由にしてしまったのは、早計だったかもしれないね」


 前方を蘭、三村、赤城の三人が話しながら歩いていく。

 小径の中央に広い空間があり、白いテーブルセットが置かれていた。


「あっ、月が見えますね。きれいだ」


 天井を見あげて、そう言った蘭が、ふいに立ちどまった。

 三村の肩にしがみつくので、三村が、あわてふためく。


「やめェや。惚れてまうやろォ」


 一昔前の芸人のギャグみたいなことを言う。だが、蘭は真剣な口調で一蹴した。


「あれ、見てください」


 蘭は天井を指さした。

 全員がそれをふりあおぐ。

 もちろん、大海も。


 ガラスの天井に変なシルエットがある。

 月影にかさなり、黒く、くっきり。

 それは人間の形をしていた。


 首をくくった、男の影。

 赤いロープで、首をくくった……。

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