五章 顔のない死体 3—2
*
「じゃあ、蘭のチームは、赤城さん、三村、湯水、大塚な」
東堂に言われて、大海は、ほっとした。
これから、みんなで邸内をしらべるのだ。蘭と同じチームになれて嬉しい。もっとも、それは、東堂の配慮だろう。蘭が扱いやすい人間でかためたわけだ。
「全員、スタンガン持ってるな? じゃあ、おまえらは二階。しらべおえた個室は半紙で封印。全室しらべたら、ホールに集合しよう」
東堂は蘭の手に、三枚のカードキーをたくす。
東堂自身の201。柳田の206。淀川から借用した208。
たしかに、これなら、まだカードキーの見つかっていない速水と馬淵の部屋以外は、このメンバーで調べることができる。
本当なら大海を一階、馬淵を二階のメンバーに入れれば完ぺきだ。しかし、馬淵は変人だから、蘭がまとめるのに苦労すると、東堂は考えたのだろう。
それに馬淵の部屋からは、すでに一枚、カードキーが見つかっているから、新たに見つかる可能性は低い。
逆に一階は、事前に大海が生体認証でカギをあけておく。
これで一階も全室、調べることができる。
もし、これが昨夜だったなら、大海は荷物検査をふくむ室内への立ち入りを、断固として拒否していた。
でも、今なら安心だ。スマホはポケットのなかだし、愛用のロープは今朝、誰かに持ちさられて紛失した。他人に見られて困るものはない。
(それにしても、まさか蘭さんが、八重咲だったなんて……)
八重咲蘭丸——
はでなペンネームに、プロフィールを明かさないミステリアスなアプローチ。
極度にグロテスクな作風。
こいつ、絶対、笑えるブサイクだよ。ハゲ、デブ、ブサイクの三重苦じゃね?——友人たちは、そんなふうに嘲笑っていた。
だが、読むと、意外とトリックは、しっかりしていて面白い。
B級ホラーみたいな残忍なシーンばかり注目されるが、作品の根底にひそむ孤独感みたいなものに、大海は自分に近い何かを感じた。
それで、つい、八重咲の名をかたってブログを始めた。
世間に出まわってる八重咲のイメージで、遊び半分にやりだしたことだ。
最初は当時つきあっていた彼女に頼んで、死体っぽく写真をとらせてもらっていた。そのうち、だんだん、写真は過激になった。こっそり、その手の雑誌を買ってきて、ロープのしばりかたを研究した。
これが、はまってしまったのだ。
大海は子どものころから優等生だった。優等生でなければならなかった。養子だからだ。大が二つも入った変な名前は、もともとの姓が違っていたからだ。
未婚で大海を生んだシングルマザーの母が、大海が七つのとき、結婚することになった。相手がつれ子をきらったので、子どものない伯母夫妻に引きとられた。
大海は容姿にめぐまれていたから、養父母には可愛がられた。でも、心のどこかに、やはり自分は実の子じゃないという遠慮があった。いつも、いい子でいる負担が、十数年のあいだに、自分でも思ってなかったほど大きくなっていたのだ。
八重咲になりきって、女たちを冷酷にあつかうと、スカッとした。
そのあいだは養父母の期待も、自分をすてた実の母のことも忘れていられた。
小遣いやバイト代をためては、風俗店へ通った。
武器は刃物ではなく、言葉。
女が泣くとゾクゾクした。
その写真をブログに載せては、一人、悦に入っていた。
(でも、まさか……本物の八重咲に会うなんて)
いや、その八重咲が、蘭だったなんて……。
(やっぱり、気を悪くするよな。あんな安っぽい文章で、俗悪な写真まで、のっけて。せっかく同志って言ってもらえたのに、蘭さんに嫌われたくない)
はたして蘭は、大海の書いたブログを読んだことがあるだろうか?
せめて蘭が、その存在を知らなければいいのに。
「顔色が悪いですよ。ヒロくん」
蘭に話しかけられて、大海は嬉しいような悲しいような複雑な心境になる。
今まで男女とか、オカマとか言われて、さんざん不愉快な思いをした。
なのに、なぜ、蘭に見つめられると、こんなにドキドキするのだろう。
蘭が大海の知らないあいだに、急速に東堂と親しくなったり、かーくんに笑いかけたりするだけで、さみしいような心地になる。
(やだなあ……おれって、そっち系だった? ていうか、なんか、この人、特別感がハンパないんだもんな)
たとえば、世界に一つしかない激レアな宝石が目の前に落ちていたら、とりあえず誰だって拾うし、拾ったら二度と離さない。それに近い心情だろうか。
「怖いんですか? でも、大丈夫。速水さんは腕力に優れてるタイプじゃなさそうです。五人で行動していれば、おそってはきませんよ」
優しく背中をたたかれて、大海は自分を恥じ入った。
(同志と言ってくれた、この人の信頼を裏切りたくない。やっぱり、ブログはもうやめよう)
最後に一度だけ、自分がなりすましだったことを告白して、あの妄想日記は閉じてしまおう。
それにしても、こんなことなら、今日の更新はやめておくんだった。
馬淵をみんなで留置してるとき、たまたま電波の通るスポットを見つけた。誰も見てないうちにアップしてしまったが、あの写真を見れば、ここにいるメンバーなら、すぐに気づく。参加者のなかにニセ八重咲がいることは。なにしろ、しばられて死体のように写真を撮られてるのは、かーくんだから。
蘭にバレなきゃいいと思う。
今のところ、蘭は殺人犯の捜索に集中しているが。
「しらべるなら、退路を絶たないと意味がないですよね。こっちの三ならびの部屋を確認してから奥へ向かいましょう」
蘭の指図で、速水やアキトの部屋のある並びに入った。
一番奥の速水の部屋。
封印は解かれていなかった。
ちゃんと蘭や東堂たち四人の署名入り半紙が貼られている。
次に、アキトの部屋。
蘭と赤城が入っていった。
部屋から出てきた蘭は、封筒をひとつ手にしていた。
「長谷部さんは注意力散漫ですよね。あんな目の前にあって、どうして気づかないんでしょう」
「どこにあったんですか? 」
「クローゼットの奥の壁に貼りつけてありましたよ。殺人犯はそんなところまで見てないでしょう。見たとしても、暗闇の作業で気づかないのも、もっともですが」
「誰の部屋のものですか?」
蘭は封筒がまだ未開封であることを、みんなの前に示した。はがすと『開封』という文字の浮きでるシールが貼ってある。
「あけますよ」
蘭が封を切る。
出てきたカードキーは、今一番、みんなが欲しているものだ。
「203!」
「速水の部屋や」
殺人犯のひそんでいるかもしれない部屋のカギ。
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