五章 顔のない死体 3—1

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 ジャッジルームとの交信が切れ、モニターが監視カメラの映像に切りかわる。


 モニタールームからは、別館のあらゆる場所が観察できる。


 名緒子のアリたちは、本物のアリのように、隊列をくんで、ぞろぞろ歩いていく。


 そのようすに不安の兆候は見られない。


(なんて男なの。あいつ。信じられない)


 今のは絶対にパニックを起こしてるとこでしょ?


 逃亡不可能な牢獄のなかで、とつぜん、殺人犯に、いつ襲われるかわからない状況になったのよ?


 ふつうなら、あの場で乱闘になっても、おかしくない。


 少なくとも、おたがい疑心暗鬼になって、もっと険悪になってたはず。


 そして、その状況が数日、続けば、必ず誰かが耐えきれなくなっていた。


 おまえが犯人だと言いあって、争っていたはず。


 とくに、あの九重蘭あたりは、いつもストーカーと戦うことに慣れている。


 彼が先導になって、不審者は容赦なく、しばりあげられていったろう。


 そこをうまく、あやつれば、一人ずつ血祭りにあげていくことも……。


(東堂。なによ。あの男。あの状態から、みんなを結束させるなんて……)


 あまり流行らない貧弱な探偵事務所だというから、どうせボンクラだろうと思っていた。


 とんだ大誤算だ。ボンクラどころか、とんでもない傑出したリーダーシップの持ちぬしだ。


 岸がどうしてもメンバーに入れるというから、しかたなく招いたが、なんとかしなければ。


 このままでは、ことごとくジャマになる。


 多かれ少なかれ、優衣の人生を破滅に追いこんだ男たち。


 一人残らず、死んでしまえばいい。


 名緒子に父親の違う妹がいると知ったのは、二十歳をすぎてからのことだった。


 冷たく顔色をうかがいあう家族しか知らなかった名緒子にとって、優衣は生まれて初めての、血のかよう家族だった。


 明るくて甘えたがりの優衣。

 妹というのは、こんなに可愛いものなのかと思った。


 優衣につきあわされてのショッピング。いつも買いすぎてしまうけど、それも楽しかった。

 冷たいと敬遠される名緒子が、優衣の前では大口あけて笑っていた。


「お姉ちゃん。わたし、結婚する!」

「へえ。やったじゃない。お祝いしなくちゃ。どんな人?」

「白馬の王子様よ。最高にステキな人!」


 そのわずか半年後に、まさか優衣が、あんな死にかたをするなんて……。

 交際相手に、ふられたことを苦に自殺ーー


 警察の捜査は、お義理ていどのお粗末なものだった。


 名緒子一人が見送った、簡素な弔い。


 おれほど華やかだったはずの優衣の交友関係。もっとよく、妹のことを知っておくんだった。


 そうすれば、誰か一人くらい、連絡をつけて呼びだすことができたかもしれないのに。


 名緒子が優衣の生前の友人たちを調べたのは、そのあとだ。


 いったい誰が、優衣を自殺に追いこんだのか。


 名緒子は一生かけても、真相を見つけるつもりだった。


 岸と知りあったのは、そのころだ。


 いっしょに復讐しようと、岸は言った。岸が若いころ、ゆいいつ愛した女の孫が、優衣なのだという。


 ひきとって財産を継がせようとしていた矢先の死だったのだと……。


 紗羅絵をひきこんだのは、紗羅絵が優衣の親友だったからだ。

 事情を話すと、涙をこぼして協力を約束してくれた。


 ここまで、うまくいってるのに、失敗はできない。

 少なくとも、優衣を自殺に追いこんだ張本人だけは、殺さなければ。


 もしものときには、名緒子自身の手で復讐する。

 優衣のためなら、殺人者になってもかまわない。


 だが、そこまでする必要はないかもしれない。

 あの人物だけは、名緒子の予想以上の働きをしてくれた。

 もう少しだけ、ようすを見てみよう。もう少しだけ……。

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