六章 密室

六章 密室 1—1

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「速水さんの死体が見つかりました」


 蘭さんの報告を聞いたときには、僕らも、一階をしらべおわっていた。


 もちろん、一階に不審者はいなかった。トレーニングルームから、204のカードキーが見つかっただけだ。


 知らせを聞いて、僕らはサンルームへ、かけつけた。


 速水くんが首をつってたのは、天井に近い鉄骨の梁だ。


 近くにカシの木だか、ブナの木だか知らないが、大木があった。木登りが得意な人なら、なんとか梁の近くまで行ける。


 この木にのぼって、死体を確認してきたのは、とうぜんながら、僕の兄ちゃん。


「どうだったの? 猛」


「難しいとこだな。速水のメガネ外した顔、直視したことないんで、よくわからない。


 というか、位置的に逆光になるんだよ。顔のあたりが、ちょうど、かげになって、見づらい。


 だいぶ、相好、かわってるしな」


 うん。首つり死体は、あんがい、すごいらしいからね。


 見なくてすんで、僕は助かった。


「着てるのは、アキトの服だ。昼間、着てたやつ。


 自分のTシャツをアキトに着せたあと、ぬがした服を速水自身が着たってことなんだろうな」


 兄ちゃんは、なんか考えこんでるが、それ以上は言わなかった。


 だいたい、猛は秘密主義。


「自殺……でしょうか?」


 誰かに、そうだと言ってもらいたいように、湯水くんが問いかける。


「それ以外、あれへんやろ。アキト殺して、覚悟きめたんや」


 猛は、やっぱり答えない。


 かわりに別の話をしだした。


「ここ、監視カメラ、見当たらないよな」


「入口のドアの上にありましたよ」


 蘭さんが答える。


「じゃあ、そこだけなんだな」


 それじゃ、映像を確認しても、たいした成果は期待できない。


「ええやんか。速水の自殺で決まりや」


 三村くんは単純だなあ。


 だが、このとき、だまりこんでいた赤城さんが、とんでもないことを言いだした。


「誰かが自殺に見せかけて、殺したんじゃないか?」


「えっ? なんでや」


「アキトくんを殺したのは、メイド服をきた何者かだ。速水くんだという証拠はない。


 それなら、アキトくんも速水くんも、メイド服の誰かに殺されたのかも?」


「あれ、どう見ても首くくりやで?」


 それには猛が代弁する。


「自殺に見せかけて殺すことも、できなくはない。なにしろ、スタンガンがある。速水を失神させておいて、ここまで、つれてくることは可能だろ?」


 うーん。僕は失神した人をかかえたことはないが、かなりの重量になるはず。


「気絶した速水くんをかかえて、あの木をのぼったっていうの?」


 僕がたずねると、猛はニヤリと笑う。


 どうせ、かーくんはバカなこと考えてるなあ、とか思ってるんだ……。


「いくらなんでも、それはムリだ。でも、ロープが二本あれば、なんとかできる」


「どうやって?」


「まず、速水の胴体を一本のロープで、しばっておく。そのロープの一端を持って、あの木にのぼるだろ?」


「あっ! テコの原理か」


「そうそう。えらい。えらい」


 いくらニブくても、そこまで言われれば……。


「じゅうぶんな高さに来たところで、太い枝にロープをまわしかける。そのロープを持ったまま、下の枝まで飛びおりる。


 つまり、自分の体重を重りがわりに、速水の体を引きあげるわけだ。


 ほどよい高さで、ロープを枝に固定して、再度、上まで登るだろ。


 今度はもう一本のロープに輪っかを作り、速水の首に通す。


 胴体のロープは、このとき、ほどく。


 で、今度は天井の梁に、そのロープをまわしかけ、さっきと同じようにするわけだ。


 自分を重りにして、速水の体が梁まで持ちあがったら、ロープを枝に結ぶ。


 じっさい、ロープは梁そのものじゃなく、枝に結ばれてるしな」


 あれっ? そうでした? なるほど。よく見ると、そうなってる。


 梁には、またいでるだけだ。


「そんなの二度手間だよ? 最初に枝の上に持ちあげたとき、そのまま、ぶらさげとけばいいんじゃないの?」


「それだと、死体の確認が容易だろ。誰かが木に登ってみれば、すぐに人物の特定ができる。死体をおろすこともできるしな」


「なんか、猛の説明、聞いたら、わざと死体が誰か、わからなくしてるみたいな……」


「まあ、自殺じゃなければって仮定だよ。自殺にしても、梁まで上がることはできないから、あんなふうにロープを枝に結ぶしかなかったんだろ」


 とか言いつつ、さっきから考えごとしてる証拠に、猛は口に、こぶしだ。


 それを聞いて、赤城さんは、ある決定的な事実をばくろした。


「となると、あのロープの持ちぬしが誰なのかが、重要なんじゃないか? 見たんだがな。最初の晩、あのロープで、川西くんをしばってる人を」


 赤城さんは、その人を名指しした。


「君だよね? 大塚くん」


 ええーッ! 大塚くん?


 全員の視線をあびて、大塚くんは青くなる。


「ち……違います」

「いや、あれは君だった。夜中に目がさめて、コーヒーを飲みに食堂へ行った。そしたら、君が、せっせと川西くんをしばってたよ。あの赤いロープでね」


 自分より、きゃしゃな美少年に、あれをやられたのか。

 恥ずかしさと情けなさのダブルパンチで、しばらく僕は口がきけなかった。


「……そ、そうだったのか」

「元気だして。かーくん。なかなか耽美でしたよ」


 蘭さん、なぐさめになってない……。


 落ちこむ僕をよそに、赤城さんや三村くん、馬淵さんが、大塚くんに、つめよっていく。


「タンマ。今さらやけど、馬淵さん。あんたの容疑は晴れたわけちゃうで」

「おれは殺してない」


 馬淵さんには、猛が助け舟をだした。


「今夜のさわぎが起こる前、ここへ来てから撮った写真を整理してみたんだ。こんなのが撮れてた。みんなに見せようと思って、持ってきた」


 うまいぞ、猛!


 もちろん、念写で撮った馬淵さんの写真だ。柳田さん殺害時刻のやつ。


 ぱっと見、ふつうの写真だから、念写だとは思われない。


 みんなに写真がまわされて、一同は納得した。


「馬淵さん、運がよかったな。これで、無罪放免だ」


 馬淵さんがトレーニングルームにいてくれて、ほんと、よかった。

 これが馬淵さんの部屋のなかだったら、どうやって盗み撮りしたんだって話になる。


「じゃあ、あとは、おまえやで。大塚」

「そうです。君が速水くんやアキトくん、殺したんですか? 柳田さんも?」

「違います! 僕は殺してません!」

「でも、あのロープは、おまえのもんやろ?」

「そ……それは……」

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