六章 密室 1—2


 困った大塚くんは、無意識にか、蘭さんを見た。


「なんや。九重。おまえもグルかいな?」

「身に覚えがありませんよ」

「おまえら、仲よしやろ」


 すると、蘭さんを責められた大塚くんは、とうとつに大声をだした。


「蘭さんは関係ありません! そうですよ。あれは僕が自宅から持ってきたロープです。ちょっと遊びで変わった写真、撮ってるだけです。でも、ただのポーズなんだ。悪ぶってみただけでーー絶対、絶対、人なんか殺してないよ、おれ!」


 大塚くんの心からの叫びは、僕の胸には届いた。


 どんな写真を撮られたかは気になるものの、ともかく今、僕は生きている。それが大塚くんが殺人犯ではない、なによりの証拠じゃないだろうか?


 僕は猛を見た。

 猛は言った。


「そのロープは、かーくんをほどいたあと、誰でも盗んでいける状態にあった。ロープの持ちぬしというだけで、犯人と断定はできない」


「賛成ですね。あのときの状態なら、誰が持っていってても、おかしくない」


 蘭さんも言うので、赤城さんも降参した。


「わかったよ。たしかに、そうだ。でも、大塚くんの趣味は、かなり特殊だ。私が勘違いしても、しかたないだろう?」


 まあ、たしかに……。


 猛が肩をすくめて、まとめる。


「大塚の趣味のことは、まあ、このさい、いいよ。大塚が本気なら、かーくんをしばるだけで放置しとかないだろうし。それより、速水の死体は、このままにしとこう。おろすのも大変だ。サンルームには全員で例の札を貼る。だが、その前に、自殺か他殺の証拠の品がないか、しらべてみよう。蘭、ここは、カードキーは?」


「遺体を見つけたので、調べる前に、あなたたちを呼びに行きました。ここと馬淵さんの部屋は、まだ探してません」


 蘭さんはナイトガウンのポケットから、カードキーをトランプみたいに、とりだす。


「見つかったのは、速水さんと湯水さん、長谷部さんの部屋のものです」


「一階は馬淵さんのとこのだけだった。馬淵さんの部屋には、ないだろうな。かーくんが前に調べてるし。じゃあ、三人一組で、サンルームのなかを探そう」


 すると、蘭さんが僕と大塚くんの腕をかかえた。


「なら僕は、両手に花です」

「おまえが一番、花やけどな」


 間髪入れず、大阪人が、つっこむ。

 猛は苦笑した。


「じゃあ、おまえら、奥担当。赤城さん、三村と湯水で、入口付近。おれ、馬淵さん、淀川で真ん中。


 イタリア国旗みたいに、三等分で、しらべよう」


 三組にわかれ、僕は蘭さんに、つれられていく。


 結果から言えば、サンルームからは、カードキーも殺人の証拠も見つからなかった。


 蘭さんをまんなかにして、ベタベタした妙に甘いひとときをすごしただけだ。


「ヒロくん。かーくんの写真、見せてくださいよ」


「でも……僕のこと、軽べつしますよ。きっと」


「なに言ってるの。僕、八重咲だよ。そういうのは好物」


「じゃあ、見せますけど」


 大塚くんがゴソゴソ、スマホをとりだした。写真を見せたのだが……。


 ガーンーー!


 蘭さんといっしょに、のぞきこんだ僕は、殺人現場よりショックを受けた。


 エロい……服は着てるんだけど、なんていうか、アングルとか、いろいろ、見てられない。


 バカめ。僕のバカ。


 なんで、ぽかんと口あけて失神してるんだ。無防備すぎ。


「わああッ! なんてことしてくれてんのッ?」


「でも、すごく、いい出来でしょ? 自分でも渾身の一枚だと思ってるんですけど」


「僕もう、外、歩けない……」


「僕は好きですよ。これ」


 そりゃ、蘭さんは、自分じゃないから……。


「他には、どんなのあるんですか? なんか、僕の好きなブログの写真に似てるなあ」


「えっ? 好きなブログって……?」


「僕のふりして、ブログ書いてる人がいてね。面白いから、けっこう見るんだ」


 大海くんは真っ赤になって、うつむいた。そして、なにやら一大決心のようすで、うちあける。


「……それ、僕です!」


「やっぱりィ!」


 二人は女子高生みたいに、キャアキャア、はしゃいで抱きあった。


 僕は、ぽつんと取り残される。


 二人が次々ひらいて見ている写真は、女性をロープで縛った猟奇的なものばかり。


 だけど、仲間に入れなくて、なぜか、さびしい。


「ひどいよ、ヒロくん。僕に謝罪は、なしか!」


 思わず、乱入。


 蘭さんは僕の肩に、腕をまわしてくれた。


 む、この心地よさは、学生時代の友人との、じゃれあい。


「かーくんのは、ほんと、ステキに撮れてますって」


「僕、言ったじゃないですか。ピンクと交換してあげたら、貸しですよって」


「これか! これが貸しだったのか。すごく高いツケ払った気がする」


「なんなら、僕がヒロくん、しばってあげますよ。それで、おあいこでしょ?」


「いっそ、三人で縛りませんか? 蘭さん、すごく綺麗だと思う」


「へえ。いいかもね。そういうの、初めて」


「堕落してる! 君たち、後戻りするなら今しかないよ。レッツ健全!」


 変な会話だが、楽しかった。

 たんに、くだらない会話をもてあそんでいただけかもしれない。


 ふうっと息を吐いて、大塚くんが言う。


「かーくんの写真。撮るの大変だったんですよね。僕の前に、誰かがマジックで落書きしてるから。顔に『死体』とか書いてるし、かくすの苦労しました」


 僕は正気に戻った。


「君が、やったんじゃないの?」

「違いますよ。僕の美的センスにあわない」

「えっ? じゃ、僕をおそって、ハート、とったのは?」

「僕じゃありません」

「なら、蘭さん?」

「僕でもありません」

「え? そうなの?」


 うーむ。わからなくなったぞ。

 あとで猛に相談だ。


 まあ、そんなこんなで、調査は終わった。いちおう、馬淵さんの部屋も再度、調べたが、何も出てこなかった。

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