三章 殺人ゲーム 二幕 3—4
*
東堂が言った。
「あんたたち、こいつ、介抱してやってくれよ。おれ、淀川つれてきて、謝らせるから。いくらなんでも、このままにしとくと、よけい、すねるだろ」
そう言って食堂を出ていく。
しかたなく、三村鮭児は、赤城と二人で、床にノビたアキトをゆりおこした。
意識をとりもどしたアキトは、すぐに蘭をののしりだした。
だが、蘭は、どこ吹く風だ。まるっきり相手にしてない。
優雅に食後の紅茶を飲みながら、どことなく物思いに沈んでいるように見える。
アキトに言われるまでもなく、鮭児だって気づいていた。
蘭は関西では知る人ぞ知る、有名人だ。
アキトが言っていた幼時のことより、中学生のときの事件によって。
女の子が自殺した、あの事件。
父が買ってきた週刊誌には、かなり、どぎついことが書かれていた。
あのころ、ちょうど、そんなことに興味のある年だったので、こっそり盗み読みした。
今でも、よくおぼえている。
まるで、蘭が学校中の女の子に援交させて、みつがせてるみたいな内容だった。
本当のとこは、蘭に片思いするクラスの数人の女子が、嫉妬から、蘭の彼女に陰湿なイジメをしただけ。
蘭の経歴や容姿のたぐいまれな美しさを、商売のネタにしようとしたマスコミと、美少年のセックスに興味をかきたてられた世間の欲求が迎合した結果が、あれだった。
なぜ、鮭児がそんなことを知っているかと言えば、当時、友人が蘭と同じクラスにいたからだ。
「かわいそう。九重くん。なんも悪うないのに。あの人、ああ見えて、ごっつ硬派なんやで。誰とでもつきあうような人と、ちゃうのに」
電話で話した幼なじみ。
あの口調は、彼女も蘭にあこがれてたクチなのだろう。
「さっちん。妬かせよ思うたかて、ムダやで。言うとくけど、おれ、おまえのこと、友だちとしか見てへんからな」
くやしまぎれにそう言ったが、内心は、ちょっと動揺していた。
中二のとき、親の都合で京都に引っ越していった彼女。
家が近かったから、以前はよく、いっしょに遊んだものだ。
大人になってからは、ほとんど会ったことがない。
ただ、一度だけ、三年前に会った。
東京の友達のところへ遊びに行ったときだ。町なかで、ぐうぜん会った。
鮭児もおどろいたが、向こうも、おどろいていた。
「ひさしぶり。さっちん。どないしとるんや。今、東京おるんか?」
「う……うん。こっちの大学、入ったから」
よそよそしく感じたのは、言葉がすっかり東京弁になっていたからか。
「べっぴんさんになったなあ。彼氏、おるんやろなあ」
彼女は微妙な顔をした。
「うん……結婚しようと思ってる」
「ほんまか! 残念。ガキんころ、意地張らんと、コクっときゃよかった。なあ、また会えへんか? なつかしい話、ぎょうさん、あんで」
「ごめん。ちょっと、忙しくて……」
「ほなら、しゃあないな。じゃあ、おれ、友達、待たしとるしな」
いったんは立ち去りかけたが、後ろ髪をひかれた。
彼女の心細げなようすが、どうにも気がかりだった。
「さっちん。これ、おれの電話。また話そうや」
電話番号を走り書きして手渡した。
彼女から本当に電話がかかってきたのは、大阪に帰ったあとだ。
「あの人に、すてられたら、うち、生きてけへんよ。ずっと、ずっと、あこがれとった人やのに……」
なぐさめても泣くばかりで、要領をえなかった。
しかし、彼女が、あこがれの人と破局しかけているらしいことはわかった。
(あこがれの人ねえ……)
それは、もしや、この九重蘭だろうか?
彼女をふって、自殺させたのは……。
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