三章 殺人ゲーム 二幕 3—3



 思いきって、告白したのは授業中。ノートの余白に手紙を書いて。

 まあ、ふられるとは思ってなかったが、いちおうドキドキした。


『一年のときから、気になってた。となりになれて、すごく嬉しい』

『えっ? ほんま? ウソちゃうよね?』

『ちゃうよ。本気』

『いま、心臓、バクバクしとる』

『つきあってくれる?』

『もちろん?!』


 ハートのついた感嘆符。


 初めての彼女。初めてのデート。初めてのキス。

 初めてのことを、彼女とたくさん経験した。


 幼さのうえに成り立った、あやうく甘い恋。


 おたがいに、自分のいいところを見せようと必死だった。

 蘭は精一杯、かっこよく、男らしく自分を演出した。

 彼女は優しさ、女らしさ、けなげな可愛らしさをアピールする。


 二人のその努力が最高潮に達したあたりで、あの事件は起きた。

 恋のもっとも楽しいさなかで、彼女は、とつぜん自殺した。

 学校でイジメられていたのだ。

 みんなのあこがれの蘭を、ひとりじめした——という理由で。


「教室で大勢、男子もおるなかで裸にされたらしいで。蘭を誘惑したエロ女とか、背中に書かれて」


 そんなウワサも聞いた。


 蘭のもとに手紙が届いたのは、彼女が死んだ翌日。


 かわいいキャラクターのピンクの便せん。ロマンチックな感情が、思いのたけ放射されていた。



『ごめんね。こんなことして。ずっと言えへんで。言うたら、蘭くんが、自分のせいと思うと思うて。好きや。蘭くん。大好き。蘭くんと、つきおうたこと、うち後悔してへんよ。ほんまに、ほんまに、うれしかったよ。毎日、幸せやったから、幸せなまま、天国にいきます。沙姫、ずっと天国から、蘭くんのこと見守っとるからね。沙姫のこと、忘れんといて。約束だよ』



 彼女は恋に殉ずるつもりだったのだろう。悲劇のヒロインになりきって、この世を去ったのだ。


 だが、遺された蘭に待っていたのは、彼女との美しい思い出を帳消しにしても、あまりあるほどの苛烈な非難の嵐だった。学校からも、世間からも、彼女の両親からも。


 蘭が自分の人気にうぬぼれて、調子に乗りすぎたから、女の子たちが暴走したんじゃないか。

 告白してきた女の子全部と、つきあって、十五股かけてたらしい。

 学校中の女の子たちに、みつがせていたらしい。

 あんがい、あの子にあきて、女の子たちにイジメさせてたの、あいつなんじゃないの——


 校舎の屋上から、とびおりた彼女。

 彼女の死顔は見ていない。

 蘭が葬式に参列することを、彼女の両親がゆるしてくれなかったから。


「まがりなりにも交際しとったなら、イジメに気ぃつけへんわけがない。あいつがさせたに決まっとる。沙姫はあいつに殺されたんや!」


 どうして?

 好きだったのに。


 ただ僕は彼女を好きで、彼女も僕を好きだった。

 手をつないでアイスクリームを食べたり、悲恋ものの映画を見て泣きだした彼女に、わかったふうなことを言って、なぐさめた。


 地主神社で恋占い。

 おそろいの携帯ストラップ。

 誕生日に花の髪留めを買ってあげたり……。


 それのどこが悪いんだ?


 こんなことなら、好きにならなきゃよかった。つきあわなきゃ、よかった。

 身勝手だ。

 彼女も、彼女の両親も。


 彼女の死はニュースになって、またもやマスコミが殺到する。いわれない誹謗中傷。蘭の過去まで、あばきたてられる。事実に、たっぷりの尾ひれをつけて。盗撮された裸の写真も暴露された。


 あの子は小さいときに、変な男にオモチャにされて、それで、おかしくなっちゃったんだよ。

 普通じゃないんだ。

 十四やそこらで、学校中の女の子を手玉にとって——

 道を歩けば、そんな声が聞こえた。


 母が死んだのは、そのすぐあとだ。

 愛しくて愛しくてたまらない、世界で一番、大事な息子にあびせられる言葉の拷問の数々に、母の心はたえきれなかったのだ。

 睡眠薬を常用するようになった。

 事故だったのか、自殺だったのか、判然としない死にかたをした。


「お母さん! お母さん! ごめんよ。僕、もう誰のことも好きになれへんから。お母さんのことだけや。ほんまに好きなん、お母さんのことだけやから」


 母の葬儀で泣きじゃくる蘭は、かっこうのテレビネタだった。


 十四にして、少女たちを自在に、たらしこむ悪魔の申し子から一転して、初恋の彼女と母をいっぺんに亡くした被害者にまつりあげられた。


 それが腹立たしかったらしく、沙姫の両親との泥沼の裁判。


 もちろん、蘭は無罪放免。勝った。

 送られてきた彼女の遺書や、授業中に記したノートの文面が、重要な証拠になった。


 けれど、蘭は転校を余儀なくされた。世間をさわがせすぎたので、身をかくす必要があった。

 蘭の転校を知って、女子生徒のほとんど全てが泣いたという。

 蘭にしてみれば、「誰のせいで、こうなったんだよ! メスブタどもッ」だ。


 女には、つくづくイヤになった。

 誰も本気で好きになる価値なんかない。おろかで、身勝手で、残酷な生き物だ。


 高校は男子校に入った。

 まさか、そこでまで、色恋ざたで、もめるとは思いもしなかった……。

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