二章 殺人ゲーム 一幕 2—3

 *



 本館二階。

 自分の寝室に帰ってきた紗羅絵の胸は、まださわいでいた。


(よかった。やっぱり、ここに来て)


 こんな幸運が自分におとずれるなんて、夢のようだ。


(あの人は、わたしには気づかなかったみたい。ムリもないわ。あのころのわたしは地味で目立たない、その他大勢だった)


 それでも、かまわない。

 いや、過去のことは思いだしてもツライだけだ。


 あのころ、紗羅絵は親友を亡くして、落ちこんでいた。

 友達は他にもいたが、ほんとに気をゆるせるのは、彼女しかいなかったのだと、失ってから気がついた。彼女のいなくなったあとの胸の空洞を、一生かかえて生きていくしかないのだと思っていた。


 だから、野溝名緒子がやってきたとき、すぐに賛同したのだ。

「あなたも協力してくださいますか?」

 そう言って、野溝の説明した計画にはおどろいた。

 計画のなかには、あの人の名前もあった……。


 きっと、今度は

 あの人が勝って、わたしを迎えにきてくれる……。



 *



 本館に帰ってきた名緒子は、浴場から出てきた三人のメイドとすれちがった。


「おつかれさまです。お風呂、おさきしちゃいました」

「温泉みたーい。いやされるぅ」

「ほんと、お給料もいいし、サイコー」


 メイドたちは、自分がただのバイトだと信じて疑ってない。危険な仕事に手を染めている自覚はまったくない。


 名緒子にとって、メイドは、しょせん捨てゴマだ。

 女友達にも原因があったのではないかと、関係者を集めたが、本人たちは、それすら気づいていない。


「早く休んでね。明日も朝早いから」

「おやすみなさーい」

 にぎやかに笑いながら、女の子たちは去っていった。


 名緒子があんなふうに笑ったのは、いつが最後だろう。


 母が名緒子と父をすてて、若い男と駆け落ちしたのは、名緒子が三つのときだ。顔もおぼえていないし、愛情の記憶もない。

 父は無口で不器用な男だ。

 名緒子の知っているかぎり、家庭は暗く、静かだった。


 継母が来てからは、なおさらだ。

 義母は母とは正反対の性格だと、まわりの大人は言う。絵に描いたような良妻賢母。

 きっと名緒子は、じつの母に気質が似ていたのだろう。こまかいことまで口うるさい義母とは、どうしてもなじめなかった。大きく衝突したことはない。二人とも、なんとなく、たがいを嫌ってさけていたから。


 牢獄のように気詰まりだった少女時代。

 だからといって、くだらない遊びで自分の未来を棒にふるのもバカらしい。

 自分は自分の好きなようにする。誰にも束縛されない自由な生きかた。求めるのは、それだけ。

 ずっと、そう思っていた。あのときまでは……。


(やっと、ここまで来た。計画は実行段階に移った)


 この日のために選ばれた生贄。

 彼らのなかには、事前に思いえがいていたイメージとは異なる人物もいたが……しかし、計画の変更はない。


(それにしても、川西は疑問ね。川西のことは、たいした理由も書いてなかったし。なぜリストのなかに……)


 疑念を、名緒子はふりはらった。

 計画に変更はない。

 完遂あるのみだ。

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