二章 殺人ゲーム 一幕 2—2

 *



 201号室に入った猛は、スタンガンを見て嘆息した。


 やはり、この館はおかしい。川西の未来予想図が血まみれだったのは、こういうことだったのだ。あるいはゲームの流れによって、誰かの命が失われるのかもしれない。


(このタイミングでスタンガン……)


 猛が案じるのには、わけがあった。

 さっき本館で撮った写真。あんなもの、もし誰かに見せてくれと頼まれても見せられない。

 とくに薫は怖がりだから、あれを見せれば、夜中に一人でトイレに行けなくなるだろう。


 猛はベッドにすわり、ポケットから写真をとりだした。あらためて見ても、変だ。


 最初の一枚は、紗羅絵を中心に集まった男たちの談笑図。二枚めはベランダの薫たち。


 猛の念写は、複数の人間を一枚の被写体にすると、人物たちの思念がカオスティックに混在する。整合性に欠けることが多い。

 だが、この二枚の写真には、不思議とがある。いや、法則性があることじたいが、おかしい。


(こんな妙な写りかた、初めてだ)


 今日、出会ったばかりの男たち。

 なんの面識もない。

 なのに、なぜだろうか。

 それぞれの人物にかぶさるように文字が浮かんでいる。中二、小一、大一といった、漢字と漢数字のくみあわせ。まるで暗号だ。


 これまでの経験で、画面に文字が写りこむときは、被写体が心にハッキリとその言葉を思い浮かべているときだった。

 ということは、晩さんの席で、あそこにいた男たちが、ほぼ全員、暗号のようなを考えていたことになるのだが。


 そんなぐうぜん、あるだろうか?

 たとえば、そのときの会話から、みんながを連想したとしてもだ。

 写真は食堂のなかと外、二カ所にわかれている。この仮説は成り立たない。


(薫や、何人かは暗号文字のないやつもいる。この違いは?)

 薫だけ偽者だからだろうか。

 それにしても、ベランダの写真は、蘭の周囲だけ金色に発光して判別しにくい。


 しかし、まあ、この二枚はまだいいのだ。

 問題は、三枚めだ。

 別館に入ったとたん、猛は寒気を感じた。

 ときどき、そんなことがある。

 猛はいわゆる霊能力者とは違い、自分の目で何かが見えるわけではない。だが、妙な気配を感じる場所を念写すると、たいてい強烈な写真が撮れる。場所に残る何かを感じているのだろう。


 別館に入ったとき、猛はこの感覚におちいった。

 心配になって、去っていく薫の背中に、シャッターを切った。

 三枚めだから、あまり鮮明ではない。それでも判別はついた。血まみれになって倒れている、薫……。

 右下のデジタル表示の日付けは五月四日。時間はAM五時二十二分。


 おかしい。

 ここへ来る前は、薫の未来は平穏だった。


 猛にとって、薫は世界中の人間の命と引きかえにしても守りたい大切な弟だ。どんな危険が待ちかまえているかわからない場所に、むやみとつれてくるわけがない。


 川西の依頼を受けたとき、ちゃんと安全確認しておいた。

 本人に気づかれないよう、こっそり、来年の今ごろの薫をイメージして念写した。ミャーコをダッコして、かっぱえびせん片手に、大口あけてテレビを見ている薫が写っていた。


 それなのに、今、手のなかにある写真には、それとは別の未来が写っている。ここに来たあとで、未来が変わる要素があったのかもしれない。


(薫だけは、絶対に守らないと……)


 場合によっては、自分の命に代えてもと、猛は思う。


 考えながら、ごろりとベッドによこになると、枕の下で音がした。さぐると、封筒が出てくる。白地に黒枠。招待状が入っていたのと同じ封筒。おもてに指令書と書かれている。あけると、なかには、あの二つ折りの赤いカードが入っていた。



『あなたは探偵です……』



 指令書はその一文で始まっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る