一章 怪しすぎる招待状 1—2


 僕は急いでとびついた。

「はい! 東堂探偵事務所です」

 受話器の向こうから、気の弱そうな男の声がした。

「あの……東堂さんというのは、東堂猛さん……ですよね?」


 あれ? なんで猛の名前、知ってるんだろ。

 ドコモの電話帳には、探偵事務所の名前しか出してないのに。


「失礼ですが、どちらさまですか?」

「あ……すみません。僕、猛くんの高校の同級生の、川西かわにし真樹雄まきおです。ちょっと、その……相談したいことがありまして……」


「それは依頼ってことですか?」

「ええ、まあ……」

「わかりました。では所長に代わります」


 廊下に首を出して会話を聞いていた猛に、選手交代する。成り行きを見守っていると、どうやら、このあと川西さんが家に来るらしい。


「じゃあ、待ってる」

 兄が電話を切るかどうかだ。

 玄関でチャイムがなった。

 すごい。どんな早業だ。


「え? もう?」

「あいつ、瞬間移動できるんだよ」

「ウソつき! そんなの小学生じゃあるまいし、信じないからなぁ」


 たんに電話かけながら家の前まで来てただけだった。まったくもう、猛は……。

 猛は笑いながら、玄関に出迎えに行く。


 さて、兄がつれてきた川西さんは、電話の声から想像したとおりの気の弱そうな人だ。僕より四つも年上には見えない。


「あの……とつぜん押しかけて、すみません。電話帳にのってた住所が、東堂くんに貰った年賀状と同じだったから……。これ、手土産です。どうぞ」


 うちのせんべいより、もっと高い練り切りだ。これは茶菓子はですな。


「まあ、すわれよ。それにしても、おまえ、ぜんぜん変わってないなあ。川西」

「それ言うんなら、東堂こそ、あいかわらず男前やね」


 高校時代の思い出話をしながら、兄が川西さんを居間へつれていく。

 僕は二人の前に粗茶を運んでいった。


「弟の薫です。兄の助手をつとめてます」

「おぼえてるよ。前に遊びに来たとき、中学生やったろ。アイドルみたいに可愛いから、女の子かと思うてた」


 そういうことは忘れてほしい。

 今でも、ときどき、女と間違われるけどね……ふっ。


 川西さんはポケットから、一通の手紙をとりだす。


「じつは、うちに、こんなん送られてきたんや。あからさまに変な話やし、それで心配んなって。どうせ探偵に頼むなら、知ってる人のほうが安心できるかな、と」


 それは見おぼえのある封筒だ。

 白地に黒枠。

 案の定、なかみは鮮血みたいな赤いカード。


「送られてきたの、これだけか?」

 猛が聞くと、川西さんは首をふった。

「じつは今朝、これが……」

 今度は仕事用らしい書類ケースから、茶封筒が出てくる。同じだ。うちに送られてきたものと、まったく同じだった。


「薫。うちのはどうした?」

「待ってて」


 カードと茶封筒(川西さんが家に入る前に片づけてた)を、まとめてキッチンから持ってくる。

 川西さんが目を丸くした。


「これ……」

「うちにも来たんだ。いったい日本全国、何通くばられたんだか知らないが、こんな偶然、あるんだな」


 調べてみると、文面も一字一句、違いがない。


「ええと……これ、どういうことになるのかな? 東堂」

「詐欺だろうと、ちょうど今、話してたとこなんだ」

「やっぱり……怪しいよね。でも、これが、ほんまなら、天生と話してみたいなぁ。それで、僕の絵のどこがダメなんか教えてもらいたい」


 僕は猛と顔を見あわせた。


「ちょっと待ってくれ。岸天生って、有名人なのか?」


 猛の問いに、川西さんは、あっけにとられた顔をする。それから、気づいたようすで、

「ああ……そうか。君は美大と、ちゃうもんな。美術関係者なら、みんな知ってるよ」と言った。

「そうか。おまえ、美大、行ったんだっけ」

「まあ、僕なんか、中学生にバカにされながら、なんとなく美術の教師してるしかないんやけどね」


 そうか。川西さんは今、中学校の先生か。


 川西さんは続ける。

「岸画伯は日本じゃ異端だと言われて、ずっと、その実力をみとめられなかった不遇の天才なんや。一般知名度は低いかもしれへんね。ヨーロッパに渡って、すごい賞いっぱいとって、欧米では評価高いんだけど。

 作品も全部、海外の美術館やコレクターの所蔵になって、国内には一枚もないね。何年か前に晩年の作が、一度にオークションにかけられたらしいけど、それも海外に渡ったみたいや。

 僕は好きやけどね。あの人の絵。僕には絶対、描けないタイプの絵やし」


「どんな絵ですか?」

 僕は聞いてみた。


「せやなあ……筆致はむしろ、アカデミック。写実的な風景画がほとんど。人物画は数点しかないね。ただ、岸の絵は独特なんや。どこにも非現実的な事象は描かれてない。なのに、暗い色調の風景のなかに、エルンストやボスの怪物みたいなのが、ひしめいてる……みたいな。

 異様な幻想性があるよ。神聖なんやけど、ちょっと邪教崇拝っぽい、変な崇高さがある」


 うーん。ちんぷんかんぷん。


 猛が笑った。

「かーくん。川西に芸術語らせたら、日が暮れるぞ」


 あ、やっぱり。


「ごめん。つい夢中に……」

「変わらないよなあ。高校でも美術部だったし、たしか中学もだよな? もしかして母校の教師?」

「………」


 なんだろう。川西さん、一瞬、だまりこんだ。

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