一章 怪しすぎる招待状

一章 怪しすぎる招待状 1—1



 事の起こりはあの招待状だ。

 その日、僕は昼前に郵便物をとりに門まで行った。


 五条通りにほど近い、こぢんまりした京町屋。町屋と言っても庭付きなので、いおりのふんいきだ。去年、亡くなったじいちゃんが、僕と猛に遺してくれた。今は猛の名義になっている。

 古風な外観にあわせて、郵便受けも、じいちゃんお手製の木製。

 この郵便受けをたしかめることと、来ない依頼の電話を待ち続けることが、この春からの僕の探偵助手としての仕事だ。


 いくら猛が自分の力を秘密にしたいからって、いいじゃん、浮気調査、バンバン引き受けて食費かせごうよ——と、僕は思うのだが、猛は気に入った仕事しか引き受けない。今時ありえないレトロな探偵だ。


 それにしたって、そろそろ働いてもらわないと、僕のコンビニのバイト料だけでは、男二人の食欲をおぎないきれない。

 そんなことを考えながら、僕は郵便受けをあけた。


 あ、ある! 手紙、来てるぞ。

 ドコモの携帯使用料の請求書なんかじゃない。


 しかし、なんだろうか。この手紙。

 おかしな封書だった。

 八十円の定型郵便なのだが、白地に黒い枠線が描かれて、まるで死亡通知書だ。

 そういうものは、僕ら兄弟は、この年にしてウンザリするほど見てきている。ろこつにイヤな感じがした。


 また……誰か、死んだのか?


 そう思い、封書を裏返すと、見知らぬ名前が差出人として書かれていた。


(岸……天生? なんか坊さんみたいな名前だなぁ)


 猛の知りあいだろうか。

 結婚式の招待状でも入ってそうな立派な封筒だ。が、黒枠が気になる。


「おーい。兄ちゃん。手紙だよ」

 家に入ると、猛は縁側で腹ばいになっていた。

 退屈のあまり蛇のまねをしているわけではない。六畳の和室で、床脇とこわきの違い棚と壁のすきまに身をひそめた飼い猫を、必死にとしているのだ。愛猫にキバをむいて威嚇される兄を見て、僕はこのかわいそうな人のために涙ぐんだ(いきすぎ表現)。


「兄ちゃん。またそうやって、ミャーコを追いつめて。よけい怖がるからやめなって、いつも言ってるだろ」

「今日こそ、さわってやるんだ。ひざにのせて、体じゅう、なでまわしてやる」

「あぶない人みたいなこと言ってないで、手紙だよ」


 僕は哀れな兄をよこ目に六畳間へ入り、スキマに逃げこんだ白猫を抱きあげた。

 ミャーコは「怖かったの。かおるちゃん」と言わんばかり、僕の腕のなかにとびこんでくる。


 猛は異常な静電気体質(たぶん、あの能力のせい)だ。なので、かわいそうだが小動物の敵。本人はふつうになでて可愛がってるつもりでも、犬猫にしてみれば、痛いことするイヤな人、なのだ。


「ミャーコの恩知らず。ひろってやったのは、おれなのに」

「兄ちゃんの静電気は人間でも痛いよ。こんな小さな毛玉のかたまりには拷問ごうもんでしょ。はい、手紙」


 猛はふてくされて、縁側にアグラをかいた。ネコジャラシをなげだすと、受けとった封筒を気のないようすでながめる。


「岸? 知らないなあ」

「じゃ、依頼じゃないの?」

「住所、広島だぜ。望月さんか本間さんの紹介にしても、遠すぎる」


 お世話になってる元上司や、知り合いの刑事さんの紹介で、これまでにも行方不明者をさがしたことはある。兄には、これは得意中の得意分野なので、てぎわのよさに関係者は誰もがおどろく。いつのまにか口コミで評判が広がったのかも、なんて都合のいい夢を見る。


 猛は豪快に封筒をやぶった。

 なかみもちぎれるんじゃないかと、僕はハラハラだ。O型の父、A型の母の血液型が、兄弟の性格にもハッキリ違いとなって表れている。


 出てきたのは、目にも鮮やかな真紅のカード。二つ折りの大判のやつである。


「うわ……血の色みたいだね。兄ちゃん」

「黒枠といい、悪趣味だよな」

 兄はカードを読み始めた。


「依頼なの?」

 ところが、

「……こんなの新手の詐欺さぎだ。ほっとこう」


 猛はカードをほうりだして、ネコジャラシをひろいあげた。

 おびえたミャーコが僕の手をとびおり、ダーッとかけていく。速い。速い。猫まっしぐら。


「待てよ、ミャーコ! ミャーコさん、待って……」


 追っていく兄を、僕は残念なものを見る目(鏡は見てないけど、きっとそう)で見送る。

 僕を育てるために大学進学をあきらめた兄だが、高校までの成績は僕より優秀だった。

 スポーツは万能。柔道、剣道は三段の黒帯。

 なのに、ふだんはなぜ、あのテイタラクなのか……。


 僕はため息をついて、猛がなげだしたカードをひろいあげた。



『前略。とつぜんですが、私は貴殿のお爺様に、大変お世話になった者です。つきましては、貴殿を当方の財産受取人に指名いたします。なにとぞ、当館へお越しください』



 うーん……たしかに、うさんくさい。

 そりゃあ、じいちゃんは人格者だった。人助けくらいしてて不思議はないんだけど……。


(兄ちゃんの言うとおり、これは詐欺だね。今時こんなオイシイ話が、むこうから飛びこんでくるはずがない)


 僕はカードを、請求書なんかを入れとくキッチンの引き出しにしまった。

 このまま何事もなければ、きれいに忘れていた。

 が、さらに、その二日後、今度はB5サイズの茶封筒が来た。裏に差出人の名前がなかったから、うっかり開けてしまったら、あら、ビックリだ。なかから五十枚ずつにわけられた、一万円札のタバが出てきた。


「ぎゃあーッ。闇金だぁ! 兄ちゃーん。どうしよう! 怖いお兄さんたちが来るよォ」


 現金を送りつけて、むりやり借金を作らせる詐欺のニュースを見たことがあったので、僕はもう生きた心地もしなかった。バタバタと居間へかけていく。

 と、猛はお昼のワイドショーを見ながら、僕が来客用にとっておいた高級せんべいを食べていた。


「すまんな。兄ちゃんが不甲斐ふがいないせいで、おまえに借金までさせてたのか」

「僕は死んでも借金なんてしませーん! てか、そのせんべい、食べないでよ。高いやつなんだから」

「すまん。すまん。兄ちゃんは貝になる。甲斐性なしの貝だ」


 ダメだ。この人、反省してない。


「もう、どうせ口だけでしょ。兄ちゃん、これ。どうしよう。ウッカリあけちゃったよ」


 猛はぶあつい札束の入った茶封筒をさかさにふった。札束のほかに、ひらりと白い紙も落ちてきた。



『先日、招待状をさしあげた者です。付近図をお送りいたしますので、期日までにお越しください。なお同封の現金は支度金としてお使いください。返却は無用です』



「あ……よかった。借金じゃない」


 二枚めの便せんに、地図と来訪の日時が書かれていた。

 追伸に、こんなことが記してある。


「なになに……当日のゲストは多数です。余興のゲームなど予定しておりますので、ふるってご参加ください……か。どう思う? 兄ちゃん」


 猛はもない。


「やっぱり、詐欺だ。ほかにもゲストが来るってことは、財産をもらえるのは、おれたちだけじゃないらしい。この余興のゲームが怪しいな。ゲームに勝つと財産をもらえるが、参加費が三百万するとか、そういう話だろ」

「ええ……じゃあ、この百万は?」

「エサだよ。プロのギャンブラーは最初、相手に勝たしといて、あとで手痛く負けさせる。それにしても百万は気前がいいけどな」


 猛は眉間にしわをよせて、にぎりこぶしをかるく口元にあてる。兄ちゃんの考えちゅうのポーズだ。


「ま、どっちみち怪しいよ。こんな話に乗る気はないと手紙に書いて、金は送り返せばいい。な? 百万ぐらい、兄ちゃんが稼いでやるからさ。だから、そんな、ひもじそうな目で、札束、見るなよ」


 え? そんな目してました?


「……わかったよォ。あーあ、せっかくの大金」


 ちょっと、あきらめきれない気持ちでいたときだ。

 とつぜん、廊下で電話が鳴りだした。

 僕らには事務所をかりる経済的ゆとりはないんで、自宅が事務所。商売用に置いてる家庭用設置電話が、何ヶ月ぶりかに鳴っている。

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