一章 怪しすぎる招待状 1—3


「違うのか?」

「あ……うん。それより、さっきの招待状なんやけど」


 猛はおもたせの練り切りを一口でたいらげた。

 きれいな菖蒲しょうぶの色形を楽しんだかどうかは定かでない。


「おまえはどうしてもらいたい? 差出人が本物の岸本人か知りたいのか?」

「どう考えても、祖父が画伯の恩人とは思えへんけど……でも、もし本人なら会ってみたい。やっぱり天才は凡人の僕なんかとは、ちゃうやろしね。ネットのウワサじゃ、何年か前に病気で倒れたんやて。かなり高齢やし、会えるとしたら、これが最後かも」

「ちょっと、待っててくれ」


 猛が目くばせして立ちあがった。

 兄のようすで、ピンとくる。

 猛はあの力を使う気だ。

 そそくさと、兄のあとを追いかける。


 以前、じいちゃんが使ってた八畳間が、猛の部屋。二人で入ると、僕は兄に言われる前に、ポラロイドカメラをとってさしだす。


「ははっ、兄上。どうぞ」

「うむ。苦しゅうない」


 父の形見のカメラだ。

 なんでか知らないが、これが一番、兄の力と相性がいい。


 猛は畳の上に、あの赤いカードを置いた。うちに来たやつだ。

 猛がカードにレンズを向けると、フラッシュがまぶしく光る。カメラを持つ兄の体ぜんたいが、その光につつまれたような。

 兄がこの力を使うとき、いつも僕は、なんとなく、おごそかな気分になる。


「間違いないな。本物だ」

 しばらくして、カメラ本体から一枚の写真が吐きだされてくる。

 それを見て、猛は断言した。

「岸天生、本人だ」


 かっこよく指ではじいて、写真をこっちに投げてくる。


 見ると、そこには一人の老人が写っていた。食堂でテーブルについている。

 近くに若い女が立っていて、老人に数枚の赤いカードを見せていた。招待状の出来を確認しているようだ。

 老人の背後には、たったいま川西さんから聞いた特徴を、ありありと示す巨大な絵がかけられていた。


 念写——


 それが、兄の持つ特殊能力だ。物品、または空間に残された、人物の思念を形にして写す。

 その人の過去に起きたこと。

 未来に起こるはずのこと。

 今現在、その人がどこにいるのか。たったいま何を想像しているのか……。


 たぶん、兄には人の思念を感じとる力があるのだ。

 エンパシーとか、サイコメトリーとか言われる力。それを表現する媒体が、兄の場合は写真なのだ。


 猛が一日に写せる念写は、三枚が限度。異常な静電気体質は、この力に起因してるらしい。一枚めは鮮明だが、枚数をかさねるごとに、ピントがぼけたり、画面が暗くなっていく。

 体内にたまった静電気を使いきると、写せなくなるってことだ。なにしろ、さんざん、兄の実験台になって、静電気をくらってきた僕が言うんだから、間違いない。


 さて、本日の一枚めは、老齢の天才画家。

 老人の背後に写ってるのは、疑いようもなく、岸天生の作。


「日本じゃ、このじいさんの絵を持ってるやつはいないらしい。となると、それを自宅に飾ってるのは、描いた本人だけ。念のため、じいさんの顔のとこだけ切りとって、川西に首実検してみよう。かーくん、ハサミ」

「はいはい」


 僕がハサミをとりに行くあいだ、猛は畳に腹ばいになって、タバコを吸っていた。


「兄ちゃん。吸うなら、ちゃんと灰皿の上。灰が落ちるじゃん」

「わかった。わかった」と言いつつ、僕が灰皿わたすまで動かない。

「兄ちゃんは吸ってから行くから、おまえ、川西に確かめてきて」


 ああ、もう。なんでも、僕まかせ。横着なんだから。


 僕は言われたとおり、老人の胸から上だけ切りとった。いくらなんでも、もとのまま見せたんじゃ、こんな写真どうやって撮ったのとおどろかれてしまう。


「お待たせして、すみません。じつは、これを見てもらいたくて準備してました。川西さんは岸画伯の顔を知ってますか?」

「ネットで見たことあるよ」

「じゃあ、お願いします。この写真、岸さん本人ですか?」


 五センチ角の写真をわたされて、川西さんは怪訝けげんな顔をした。


「うん。間違いないと思うけど……よう、こんなん手に入ったね。ネットに出まわっとるん、もっと若いころのだよ」

「出どころはナイショです。これでも探偵事務所ですから、いろいろがあるんですよ」

「思ってたより本格的に探偵なんや。じゃ、ほんまに調べてもらおかな。依頼料は……あ、そうか。この送られてきた百万、使うてくれたらええよ。こんなん怖くて使えへんし」


 おお、百万。すばらしい。

 招待状が本物なら、詐欺の心配はないわけだしね。


 そこへ遅れて猛がやってきた。

「いいね。その話、受けた。この写真持って現場に行くから、本人だったら電話するよ」

「おおきに。助かるよ」


 川西さんは見るからにホッとした。

 ギブアンドテイク。両者の利害は、こうして一致した。


「じゃあ、招待状もあずかっとくからな。電話番号、教えといてくれ」

「ほな。よろしゅう」


 川西さんが帰っていったあと、僕はたずねてみた。


「猛。あの招待状、なんで本人からのものだと言わなかったの? まさか、友達から百万せしめるため?」


 猛は無言で、一枚の写真を僕に見せた。

 本日、二枚め。

 それを見て、僕は納得した。

 なるほど。これじゃ、川西さんを行かせるわけにはいかない。


 二枚めの念写には、血みどろで倒れる川西さんが写っていた……。

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