八章 陽炎 2—1

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「ええ? ほな、九重が犯人ちゃうんか」


「もちろん、違う。このとおり、おれは生きてる。それに、柳田さんが殺された時間、蘭は自分の部屋でハート集めに余念がなかった」


 あ、そういえば、柳田さんが死んだあと、馬淵さんのついでに、蘭さんも念写してたっけ、猛。


 あれって、蘭さんのアリバイ、たしかめてたのか。


 もう、そういうことは、早めに弟に教えといてよねえ。


 おかげで、赤っ恥かいちゃった。


「ほなら、アキトと速水んときは、どないやねん?」


「うん。おれも館内放送で、かーくんの推理を聞いたとき、脱力したよ。


 まさか、愛する弟の知能に欠陥があるとは思わないじゃないか」


 僕は、いきどおった。


 何も、そこまで言わなくても。


「誰が知能に欠陥だよ!」


「かーくん。考えてみろよ。アキトたちが殺された時間、おれたち、何してたんだっけ?」


 ええと……いろいろありすぎて、記憶がゴチャゴチャだ。


「おれたち、馬淵さんに電話で呼ばれて、現場にかけつけたろ? その前だよ」


「あああーッ!」


 僕は脱力した。


 なさけなくて、恥ずかしくて、涙が出る。


「思いだしたな? そうだよ。おれたち、一時間以上も、蘭と話してたんだ」


 はーーはい。そうでした。


 たしかに知能に欠陥……ありましたです。


「あんなときは、せめて、馬淵さんが蘭と共犯だったくらいの推理はしといてほしかったな。


 柳田さんを殺したのは、蘭。アキトたちを殺したのは、馬淵さん。


 交換殺人ってやつ。


 蘭は201のカードキーを持ってたから、馬淵さんを逃がすことができた。最初に馬淵さんを留置したときの札は、蘭が書いてたし。


 まあ、それも机上の空論だけどな。


 じっさいには、夕食を届けたときに、その札は、赤城さんに変わってる。


 蘭には札の偽造はできない」


 うっ……たしかに。


「弟も、なっとくしたようだ。そんなわけで、蘭が犯人じゃありえない」


「ええと……じゃあ、湯水かいな」


 これには、蘭さんが答えた。


「それは違いますね。湯水さんの遺書は偽物です。走り書きにしても、書体が違いすぎる。


 あの人は署名の偽造に利用されただけですよ。口封じに殺された。


 アリスの制服などは、ほんとの犯人が、つっこんでおいたんでしょう。


 猛さんが、それをしたっていうのは、お芝居の一環でしたが」


 まあ、たしかに湯水くんは、連続殺人犯らしくはないよね。


 やっぱり人間には向き不向きがあると思う。

 僕には探偵……ムリだった。


「ほなら、誰やいな」


 三村くんが、お手上げのポーズをする。


 猛は笑った。


「なんで、こんなふうに容疑者が乱立してしまったか。


 それは、大海と湯水の殺害は、最初、予定されてなかったからだ。


 犯人としては、アキトたちだけで終わらせるつもりだった。


 ところが、予定外の殺人をすることになった。


 そこにまた煙幕を張ったもんだから、おれたちは目くらましにあってるんだ。


 ここは大海と湯水のことは忘れて、その前の段階に戻ろう。


 アキトと速水が殺されたあとだ。


 おれたちは、速水がアキトを殺し、自殺したと結論した。


 そうだったよな?」


「そのくらいは覚えとるで。あれで完ぺきと思たんやけどなあ」


「そう。あれは完ぺきな計画だった。でもな。おれは、あのとき、ちょっとした疑問を持ってたんだよ」


 猛は速水くんの自殺についての謎を語った。例の、なぜサンルームで死んだのかってやつだ。


「ーーというわけだ。


 速水の行動としては、必ず自分の部屋に戻るはずなんだ。アキトを自分に見せかけて殺したあと」


 みんな、だまって拝聴。


「で、考えた。あの夜のおれたちの行動、もちろん速水には、あるていど予想がついたはずだ。


 むしろ、おれたちは、やつの想像より、はるかに理想的に動いた。


 いや、やつの理想より、ちょっとだけ先走りすぎた。


 とくに、死体を見つけた直後に、おれたちが『顔のない死体』とか言いだすとは、やつも思ってなかったはずだ。


 いつかは死体の入れかわりを見抜かれると見越してはいたろう。


 でも、この時点で、それを疑われることは計算してなかった。


 おれたちが念のために、速水の部屋に貼った札は、あいつには予想外の失点だった」


 猛の推理は、なおも続く。


「あの封印札は、速水の計算外だった。


 なのに速水の死体は、ベストに、さほど、そん色ない及第点で発見された。封印は守られ、死体はサンルーム。


 つまり、速水はカードキーの存在を知る前から、死体をおれたちに発見させるつもりだった。


 サンルームなら共同の場所だから、誰でもカギなしで出入りできるからな」


「なら、やっばり、覚悟の自殺なんだろ?」と、淀川くんは言う。


 しかし、猛は首をふった。


「アントリオンにも定理があるように、顔のない死体にも定理がある。犯人は死体が、そこに存在する必要があるってことだ。つまり、自分や他の人物の身代わりとして」


 まあ、そうなるのかな。


 アリバイ作りに利用するとかも、ミステリーなら、ありだけど。


 結局、死体がいるってことだもんね。


「犯人は死体をサンルームに吊るした。できるだけ早く発見させ、自分が死んだことにしたかったってことだ。


 てことは、こうなる。


 サンルームの死体は速水じゃない。速水は、まだ生きてるんだって」


 しんと空気が張りつめる。


「……速水が?」


「まだ、どこかに隠れてるのか? あいつ」


 馬淵さんも赤城さんも、そこまで猛から聞いてたわけじゃないらしい。そわそわして、つぶやいた。


「でも、それやと、死体の数、あえへんで。速水が生きとるんなら、あのサンルームの死体、誰や?」


「柳田さんの死体も、ちゃんと部屋に安置されてる。まさか、マネキンじゃないよな?」


「三村なら作れるんじゃないか?」

「馬淵さん。どこに、そんなん作る材料あるっちゅうんですか」


 まあ聞けよと、猛が制する。


「死体は、あの夜に殺された、もう一人の男だよ」

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