八章 陽炎 2—2


 蘭さんが言った。


「なるほど。一たす一は二だったんじゃなく、三ひく一は二……だったんですね」


 蘭さんには、猛の言いたいことが、もうわかったようだ。


「そう。あの夜、殺されたのは、アキト一人じゃなく、二人だった。


 もう一人の死体が速水のように仕立てあげられたから、おれたちの目には一プラス一に見えた。


 つまり、一つの殺人と一つの自殺に。でも、事実は二つの殺人だ。


 それなら、アキトの部屋をいったん出たあと、速水がメイド服なんかに着替えたわけもわかる。


 もしも、速水の死が自殺でなく、他殺として、おれたちに認識されたときの予防策だ。


 当然、真犯人は誰かって話になる。メイド服なら、蘭や大塚や、かーくんのほうが疑われるだろ?」


「僕が、かーくんに疑われたように」


 蘭さん、チクチクいじめないで……。


 猛は続ける。


「速水が二人同時に殺したのは、一つには、自分を死んだことにしたあとの身のふりかたがあった。

 それと、時間がなかった。蘭のやつが、たった一日でゲームを終了寸前にしてしまったからだ。じっくり一人ずつなんて言ってられなくなった」


「すみません」


 蘭さんは笑う。


「それにしても、速水さんは、やけに、たくさんカラーリングとか、変装道具、持ってましたね。それが、今回の三ひく二に役立ったわけだけど。最初から計画してたんだろうか? 今回の連続殺人」


「あんなオタクに変装してたぐらいだ。この招待じたいに疑念を持ってたんだろう。更科のことで、他人に恨まれる覚えがあったってことだ。もしもってときには別の姿になって、逃げるつもりだったのかもな。最初から」


「あの目立つ黒ぶちメガネのせいで、素顔の印象、薄いですからね」

「それも計算のうちだろ」


「殺したい相手のなかに、たまたま都合のいい相手がいて、速水さん的にはラッキーでしたね。全員、ものすごい太っちょとかだったら、どうしてたんだろう?」


 猛と蘭さんは二人だけで、どんどん会話を進めていく。


 しかたなく、僕は割りこんだ。


「ちょっと、ちょっと。どこまで二人で、とばす気だよ。ちゃんと説明してよね」


「ああ。すまん。蘭は察しがいいから、つい」


 悪かったね。察しの悪い弟で。

 どうせ、知能に欠陥ですよーだ。


「まあ、犯人を特定する理由は、いろいろあるんだ。


 たとえば、アキトはモデルやってただけに上背があった。速水より十センチは高かったろ?


 アキトの部屋の死体は、体をおりまげて浴槽に、つかってる。


 だから、わかりにくいが、ちゃんと測れば、その差は歴然ーーのはずなんだ。


 アキトの死体を速水に見せるには、顔をつぶしたとしても、土台、ムリがあるんだ。


 だが、あの部屋の死体は、速水と同じくらいだ。


 さっき、ここに来る前に備えつけのメジャーで測ったから、確実だ」


「えっ? ちょっと待って」


 ふたたび、僕はくいさがる。


 さっきの迷推理は激動の一日のせいで、決して知能に欠陥があるわけじゃないところを見せとかないと。


 いかに猛がブラコンでも、あいそをつかされてしまう。


「じゃあ、アキトくんの部屋にある、あの死体、ほんとはアキトくんじゃないの?」


「ああ。違うよ。そもそも、アキトを殺したあと、もう一人を殺し、二人の死体を始末するのは、時間的にムリだ。


 馬淵さんの電話で、おれたちが、かけつけるまでのあいだにできることは、かぎられてる。


 もしかしたら、馬淵さんの聞いた悲鳴じたいが、アキトのものじゃなかったかもな。仕事を終えたあと、速水が、わざと発したのかもしれない」


「そうか。僕たちは監視カメラの映像で見ただけだもんね。録音されてるわけじゃないから、音が何時だったかまでは、わからないんだ」


「あの夜の真相は、こうだったと思う」


 そう前置きして、猛は語る。

 ほんと、語るよね。推理になると……。


「まず、速水はアキトの部屋に行く前に、もう一人の犠牲者の部屋へ行った。


 あのときは犯人は馬淵さんだと思われてたから、警戒はされなかったろう。


 てきとうなことを言って、ドアをあけさせる。


 出てきた彼を、スタンガンで失神させるなどして、自分の部屋に運びこむ。


 このとき、被害者に自分の服を着せる処理をして、殺害。


 アキトと入れかえる下ごしらえをしておく。


 そのあと、アキトの部屋へ行き、自分とアキトの口論を馬淵さんに聞かせておく。


 たとえ、馬淵さんが熟睡してたとしても、監視カメラに録画が残る。


 二人のあいだで争いがあったことを強調しておいたんだ。


 そうすれば、死体が見つかったとき、それはアキトと速水のものだと、みんな思うから」


 なるほど。まんまと、だまされた。


「つまり、あの口論じたい、速水はお芝居だったんだな。


 もう充分と思ったころに、和解のふりをして去った。


 去るとき、更科の日記を読んでほしいとか、形見わけするとか、何か理由をつけた。


 再訪してきた速水をアキトが、なんの疑いもなく入れてる。


 だが、もどってきた速水は最初から、アキトを殺すつもりだった。


 これが、その凶器だよ」


 猛はどこからか(どこから出したんだ?)、ナイフをとりだした。


 血はついてない。


 まさか、洗ったのか? 猛。犯行の重要な証拠品だぞ?


「その凶器、大海くんの足元に落ちてたやつ……?」


 たしか、蘭さんが猛を殺すお芝居に使って、廊下に投げすてたような。


 猛は妙な笑いかたをして、ナイフを指さきで、もてあそぶ。


 アブナイなぁ……ケガするから、やめろって。


 ハラハラする僕の前で、猛は、ついに、やっちゃった。


 自分の親指の腹にナイフの切っ先を押しあてた。


 そのまま、ザクッと——

 あれ? ザクッと……。


 ザクッと、ならなかった。

 ナイフの刃が、すうっと、猛の親指に吸いこまれていく。


 そんなバカな。刃渡り二十センチはあるんだぞ。


 刃のさきが指をつきとおして、反対側から、はみだしてくるはずだ。


「た、た、猛? どうなってんの? 魔法?」


 ニヤッと、猛が笑う。


「マジックでもなんでもないよ。カンタンなことさ。これな、芝居の小道具なんだ」


「芝居?」


「そう。ほら、芝居で人を刺したように見せるために、押すと刃先が、ひっこむ仕掛けになった小道具」


 なるほど。たしかに、そういうの、聞いたことはある。

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