八章 陽炎 1—2


 野溝さんは、ため息をついた。


「そうよ。みんな殺すつもりだったわ。優衣が死んだあと、日記を見つけたの。なぜ、あの子が、あんな方法で自殺なんてしたのか、痛いほど伝わってくる内容だった。みんなが、あの子を追いつめて、殺したのよ。だから、わたしは、そこに書かれてた男を全員、ここに集めた」


「日記か、それに該当するものが存在するだろうとは思ってた。


 おれをのぞく全員が更科と知りあいだとわかったとき、納得したんだ。


 ここのメンバー、みんな、けっこう、顔がよかったり、社会的権威だったり、金待ちだったり……なんかこう、並みの男より水準が高い。


 更科が気になってた男だからなんだ。まあ、なかには、ほんとにムカつく男もあるだろうが。


 大半は、ちょっと惹かれてたのに侮辱されたとか、裏切られたとか。


 そういうことが更科の主観で、悪しざまに書かれてるんじゃないのか?」


「あの子が、ほんとは、どう思ってたかは、わからない。わたしは書かれてたことを信じる」


 僕は疑問を感じたので、言ってみた。


「でも、日記に書かれた人たちを集めただけじゃ、罪にはならないよ」


「おれたちのなかに復讐者が一人いたろ? あれは、この人の計算さ。というか、あやつり人形?」


 僕は猛の、あやつり人形……いや、そんなこと言ってる場合じゃない。


「復讐者は、いずれ自分も殺される被害者なのに、加害者である秘書さんと、目的が一致してた。被害者が被害者を殺し、加害者がそれを援護する。今回の事件は、そういう図式なんだ。秘書さんは犯人のために舞台をととのえ、殺人を行いやすい細工をほどこした。電話とか、カードキーとか、ろう城用の非常食。変装のための制服とかな」


「トリッキーな舞台は、ゲームのためじゃなかったのか……ん? 電話って?」


「だから、全室の電話に、ボイスチェンジャーが仕込まれてるんだよ。おまえに内線かけたとき気づいて、とっさに使えると思ったんだ。脅迫するのにさ」


 そうか。猛め……(もう、あきらめ)。


「犯人は参加者のなかに、自分が恨みに思う男が何人もいるのを知った。ぐうぜんにしては、できすぎだと気づいていて、あえて乗ったんだろうな。更科のことで悲嘆にくれてたんだろうが……秘書さん、あんた、もしかして、その日記、犯人に見せたか?」


 野溝さんは今度は素直にうなずいた。


「あの子の本心を見せてやりたかったのよ。日記のコピーを、彼の個室のなかに置いておいた。ゲーム開始前に」


「ナイフと指令書といっしょにだろ? それで、彼は復讐を決意した」

「そうよ。優衣を苦しめた男に天罰を与えなさいって……でも、彼が何もできない、いくじなしなら、自分でやるつもりだったわ」


「そこまで思いつめるのは、あんた、更科の肉親か?」

「姉よ。わたしにとって、優衣は世界で一番、大切な妹だった」


 猛は、ちらりと僕を見た。

 もし僕が誰かに深く傷つけられて自殺したら、自分も許せないだろうと、兄は考えたに違いない。というか、違ってたら、なぐる。


「妹か。同情はするよ。だからって、だまって殺されるわけにはいかない。おれが、へたな芝居してまで、乗りこんできたのは、そういうわけさ」


 僕は思った。


「そういえば、猛。どうやって、ここまで忍びこんだの?」


「蘭とミャーコに協力してもらったんだ。おれが殺されたあと、おまえたち全員、一階へ行ったろ。そのあいだに、おれはエレベーターを使って地下へおりた。ミャーコが昼食を運びこむために、渡り廊下のトビラがひらかれる。ちょっと蘭にくどいてもらって、本館に入れてもらった。監視カメラにも死角はあるからな。

 それに、おれのチョーカーは201に置いてきた。ハートの光は動かない。だから、まさか死人が歩きまわるとは思わないだろ? ゲストの集まった食堂以外、監視映像なんて注意してるわけがない」


「じゃあ、蘭さんが食欲なさそうなのに、昼食たのんだのは、そのせいか」


 とつぜん、蘭さんは奇声を発した。


「ああっ! さん付けに、もどってるぅー。嬉しいですよ。かーくん」


「そ……その節は、すみません。いろいろ暴言、吐いちゃって」


「ああ、よかった。友情、復活」


「ちょっと、おまえら、だまってろ」


 猛に注意されて、僕は蘭さんと顔を見あわせた。ぺろりと舌をだす。


 ほんと、よかった。蘭さんがリアル殺人鬼じゃなくて。


「ところで、秘書さん。あんたと更科の関係は、わかった。でも、あのお嬢さんは何者だ? じいさんの孫だって、ほんとか?」


「いいえ。わけを話して協力してもらっただけ」


「そうだろうと思った」


 なんで?


「もしかして、更科と顔立ちが似てるか?」


「紗羅絵さんのほうが優衣より美人だけどね。似てると思うわ」


「それで、あの写真か」


 猛が念写した初日の晩餐の写真のことだ。


 あとで見せてもらったけど、みんなの体に小一とか中二とか、暗号みたいに浮かんでる。


 もちろん、小一は小学一年生。中二は中学二年生。


 赤城さんの四は、四年前ってことだろうな。


「それが、どうかしたの?」


 という野溝さんを無視して、


「じゃあ、秘書さん。別館の連中をジャッジルームへ行くよう指示してくれ。ゲーム終了の説明をするとでも言って」


 猛は言った。


「わたしが従うと思う? 皆殺しにしたいのよ?」


「じゃあ、あんた、さっき薫を殺そうとしたとき、なんで、ためらった?」


 え? そうだったの? 目、つぶってたからなあ、僕……。


「それは、無関係の偽者だとわかったから……それだけ」


「そうかな? 薫が泣いたからじゃないのか? 死んだ兄を思って泣く姿が、ちょっと自分と、かさなった。そうなんだろ?」


 野溝さんは猛を見つめる。その目が、ふっと、やわらいだ。


「あなたって、いやな人ねえ。優秀すぎるわ」


 野溝さんは立ちあがり、館内アナウンスをつないだ。


 野溝さんに言われて、別館のメンバーがジャッジルームへ入るのが、監視カメラの映像でわかる。


 モニターで相互の姿が確認できるようになると、三村くんと淀川くんは、目をまるくした。


「ああッ! 化けてでよった!」


「生きてるよ。悪かったな。だまして」


 そして、猛は、かっこよく宣言した。


「かーくんが詰めの甘い推理をひろうしたから、兄のおれが責任とって、これから真相を解明する。


 今回の事件、それに、更科を殺したのが、誰なのか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る