三章 殺人ゲーム 二幕 2—4

 *


「バカだなあ」と、僕の話を聞くなり、猛は言った。


「なんで、そんな誘いに乗ったんだ。スルーしときゃよかったのに」


「だって、参加費なくなったら、どうするんだよ。五百万だよ。五百万。僕らの何ヶ月ぶんの生活費だ?」


「かーくん。おまえは、おれの弟だぞ。兄のおれに権利があるってことは、弟のおまえにも、参加権があるってことだよ。そこんとこ説明すれば、川西代理は認められたはずだ」


「あっ、うっ……」


 僕は猛に言い負かされて、だまりこんだ。


 103の僕の部屋。

 猛が部屋中うろつきまわって、盗聴器を撤去したあと。

 僕は昨夜のてんまつを兄に語った。返ってきたのは、前述のとおりの冷たい答えだ。


 頭をかかえる僕を見て、猛は大きく息をはきだす。


「じつは、おれも、めんどうなんだよ。薫って呼びそうになるの、何回こらえたことか」


 うん。何度か口のなかで、「かッ」と言いかけてから、「かーくん」って言いなおしてた。

 僕なんか「にい——猛」だ。

 にい猛って、なんだ。

 そういうので、勘のいい誰かが気づいたのかもしれない。


「今からでも、白状しちゃおうか?」

「もういいよ。ここまで来たら、かくしとおそう」

「へーい」


 すねモードで、僕はベッドにころがる。


 けっきょく、昨日はここで寝ることはなかった。

 かたいテーブルに放置されて、体のあちこちが痛い。


「あーあ、一千万……」


 ぼやいて、寝返りをうった僕は、布ごしに妙な音を聞いた。

 マクラの下に、なんかある。

 起きあがってマクラをどかすと、その下に封筒があった。

 黒枠の例の封筒。指令書の表書き。


「あけてみろよ」


 猛に言われるまでもなく、僕は封を切った。

 赤いカードが入っていた。

 そこには、こう書かれている。



『ゲーム終了までに、すべての宝を集めてください』



「宝? 宝って、なんだろ?」


 僕のよこから、猛ものぞきこむ。


「さあな。貸してみ」


 猛が封筒をとって、さかさにふると、もう一枚、カードが落ちてきた。今度のは銀行のキャッシュカードみたいなやつ。


「磁気カードか」


 兄は顔をしかめる。苦手の分野だからだ。

 古くはテレフォンカード。近くはクオカード。

 これまで猛が殺した磁気カードは、何枚におよんだことか。


 はたして、これからのIT時代を、猛はこんな体で乗りきれるのだろうか。


「兄ちゃん。ここの生体認証装置、よくこわさずに部屋に入れてるね」

「おれも、ひやひやだよ。そのカード、なんか書いてないか?」


 ひっくりかえすと、真っ白いプラスチックの表面に、活字で103と書かれている。僕の部屋番だよね。


「それ、たぶん、この部屋のカードキーだな。薫。ちょっと試してみろよ」


 猛に言われて、僕はドアの前に立った。


 じつを言うと、ずっと気になってた。

 生体認証装置の右端に、たてに一本、切れめが入ってる。カードリーダーのように見えて、しかたなかったのだ。


 思ったとおりだ。

 僕がカードキーらしきものを通すと、ピッと気持ちいい音がして、ロックが外れた。


「ほんとだ。これ、この部屋のカギだ」

「てことは、すべての宝ってのは、全部の個室のカードキーってことだな」


「ええッ! 全部って……十二枚?」

「ここに一枚あるから、残り十一枚」


「そんなあ! ほかの人の部屋に、かくしてあったら、どうすんの?」

「まさか全部がそうじゃないだろう。何枚かは共同の場所に、かくされてると思う。じゃないと、いくらなんでも条件が厳しすぎる」


 僕は考えた。


「ねえ、みんなに、わけを話して、部屋、しらべさせてもらえないかな?」


 またもや、猛は顔をしかめる。


「そりゃ、やめたほうがいいよ。かーくん」

「なんで?」

「カードキーの存在は、このゲームのバランスをくずすからさ」


 僕の反応がにぶかったのか、猛は、くどく説明しだした。


「考えてもみろよ。たとえ、ゲームの最中でも、今のとこ、自分の部屋だけは安全地帯だ。自分以外、誰も入ってこれないからな。それで、みんな、安心して、ぐうぐう寝てられるんだ。そこに、こんなものが出てきたら、安全神話は崩壊する」


「そうか。ほかの人が自分の部屋のカギ持ってるかも、って考えるだけで怖いよね」


「それに、どんな手を使ってでも勝ちたいやつは、血相かえて、このキーを探しまわる。したがって、おまえのミッションは失敗に終わる」


 もっともな言いぶんだ。


「わかった。このことは、二人だけのナイショね」


 ハードルの高いミッションを命じられて、僕がなさけない顔をしてたんだろう。


 猛が笑って肩をたたいてきた。


「兄ちゃんが協力してやるよ。かーくんが全部、集めるまで、この『命』、守りきってやる。そのあいだは、ゲーム、終わらないからな」


 やっぱり、兄ちゃんは、たのもしい。

 僕って、一生、兄ちゃん離れできないかも……。


「じゃあ、まずは、この部屋のなか、しらべてみよう」


 猛に言われて、二人で部屋じゅうを探しまわった。


 引き出しという引き出し。

 ナイトテーブルの引き出しからは、文房具と懐中電灯が出てきた。

 トイレのカランのなかや、ネジで固定された通気孔のなかまで。


 でも、それらしいものは出てこなかった。


「……疲れた。やっぱり、自分の部屋なんかに、かくしといてくれないか」

「まあな」

「けっこう難しいこと言ってくれるよね。恩返しなら、もっとラクに二千万くれてもいいのに」


 猛は考える。


「……たぶん、川西が、おれの友人だからだ。おれが、おまえに協力することは、最初から計算のうちなんだよ。おまえの宝を、おれの捜査に役立てろってことだな」


 変なこと言うから、僕は聞こうとした。でも、その前に猛が言った。


「こうなると、おまえのハートがないことは、かえって好都合だよ。敗退者のおまえが、ふらふら歩きまわっても、誰も気にとめない」


 僕らが話してるあいだに、外でも、かなり動きがあった。

 立て続けに館内放送が鳴りひびいていた。


「ピンクの光が消えました。大塚さんは『死亡』です」


「黒の光が消えました。馬淵さんは『死亡』です」


「緑の光が消えました。赤城さんは『死亡』です」


 大塚くん、馬淵さん、赤城さん。

 さっきの座長と僕もあわせて、いっきに五人が敗退だ。

 これが午前中だけの話だ。


「すごいなあ。バンバン、うばいあってる感じだねえ。猛も気をつけなよ」


 僕は兄を心配して言ったのに、猛は妙な感じで、ふくみ笑った。


「あれはムダ弾だよ。けど、意外だな。あの絵描きとか、オタクとか、すぐ『逝く』と思ってた」

「兄ちゃん。なんか気づいてるなら、教えてよ」


 どうも、さっきから、猛の発言がひとりよがり。

 僕が追及しても、てんで子どもあつかいだ。猛は僕の頭に手をのせた。


「カード、探しにいこう。大浴場は早めがいいぞ。敗退者が、のんびり、つかりに来るかもだ」


 というわけで、このあと昼食までの一時間半、大浴場で宝探しだ。

 板場と流し場にわかれて、しらみつぶし。


「あった。これだ」


 猛が浴場のなかから、ヒノキのタライを持って出てきた。

 たらいの底に封筒がある。

 表に『川西様の宝です』と書かれていた。


「どこの部屋だろ?」


 急いで封をやぶる。

 208のキーが出てきた。


「208……ってことは、ええと……最後の席次の人かな」

「淀川だ」


 赤毛くんか。彼は他人との接触を嫌ってるらしい。

 初対面の人と打ちとけるのが得意な僕でも、ちょっと苦手。


 すると、猛は、恐ろしいことを気軽に言ってのけた。


「昼食のあと、おれがあいつを足止めするから、かーくん、このカギで、あいつの部屋さぐってみろよ」

「ええーッ!」

「しょうがないだろ。おれに磁気物は、ご法度だ」


 うう……。


「……わかったよ」


 本当はイヤだったのだが、二千万のためだ。ここは男らしく、覚悟を決めよう。




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