三章 殺人ゲーム 二幕 3—1

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 昼食の席で、ちょっとした事件があった。


 僕が猛と食堂に行ったときには、湯水くん、大塚くんが二人で大テーブルに並んでいた。


 例のごとく、馬淵さん、淀川くんが、小テーブルを一人で占拠。


 昼食はバイキングではなく、定食。和食(うな重懐石)。中華(ラーメン、餃子、炒飯セット)。イタリアン(パスタ。サラダ。若鶏のジェノバ風なんとか)。

 限定四食ずつの早い者勝ちだ。

 メイドが三人、それぞれのワゴンのところで立っている。


(むむむ。ウナギ。高級食材!)


 僕は和食のネココさんの前に急いだ。


「ウナギください!」

「あ、かーくん、ずるいぞ。和食、それ最後だろ。半分くれ。半分」

「しょうがないな。ちょっとならね」


 ほんとは朝食が遅かったから、そんなに空腹じゃなかったけど。

 こう言っとかないと、猛に全部、とられちゃう。


「じゃ、メイドさん。おれは中華で」


 中華……何も、この豪邸で、そんな庶民的なもの、たのまなくたって。

 でも、僕がウナギにありつけたのは、うまそうにラーメンをすする馬淵さんのおかげだ。


 僕と猛は、大テーブルの湯水くんと大塚くんの向かいにかけた。

 なんか二人は画家の話で盛りあがってる。

 こまった話題だ。川西さんの経歴に関する話はさけねば。


「や、どうも。湯水さん。逃げきってますね」


 なんて、言ってみる。


「あ、どうも。なんとか、生きてます」


 よし! 話題はそれた。


「でも、逃げてるだけで、ちっともハート、増えないですけどね。みんな、どうやって集めてるんだろ? ふしぎですよ」

「あれ、意外と、やる気なんだ」


 湯水くんの頰が、ぽっと赤くなる。


「……だって、あんな美人ですよ。いっしょになれたら、幸せじゃないですか」

「へえ、そうなんだ」

「あんな人、つれて帰ったら、きっとママも喜ぶだろうなあ」


 と言ったあと、湯水くんの笑顔は、くもる。


「でも、どうせ僕なんか、ダメなんだけど。あの美形の九重くんが勝つ気でいるんだから。僕なんかが勝っても、紗羅絵さんは喜ばないですよ」


 うーん、まあ、それは言えてる。

 あの蘭さんが恋敵では、落ちこむのもしかたあるまい。


 話してるあいだにも、人が集まってくる。


 今日も萌え絵のTシャツをきた、速水くん。メイドさんを見て、にやあっと笑った。

 速水くんは、しばらく彼女たちのまわりを、かまってほしそうに、うろついていた。


「もこちん(も……もこちん)! デレナ、忙しいんだからね(立ってるだけのくせに)。さっさと席行って、食べなよね」


 メガネっ子さんに追いたてられて、僕らのテーブルにやってきた。メガネっ子はツンデレか。


「えへっ。怒られちゃいました」


 嬉しそうな笑顔がサムイ。

 しかし、えらんだ料理は、意外にオシャレなイタリアン。


「ここ、いいですか?」


 イヤだとは言えない。


「いいですよ」


 その直後に来たのが、アキト。

 いつものように髪をかきあげながら、ふつうにラーメンをたのんだ。てっきりモデルはイタリアンだと思った。


 僕らのテーブルが、いっぱいだったので、もう一つの大テーブルに一人ですわった。


 蘭さんと三村くんが同時くらいに、やってきたのが、そのあと。

 蘭さんはイタリアンを、三村くんは中華を受けとる。いや、正確には、受けとったのは三村くんだけ。


「な……なによォ。そんなキレイな顔で見たからって、デレナ、特別サービスなんかしないよ! み……水とお茶と、どっちがいいのよぉ」


「お茶は何?」

「紅茶とウーロン茶。見てわかんないかな」

「じゃあ、食後に紅茶。今は水」


「か……貸しなさいよねぇ。トレー。言っとくけど、好きじゃないんだからね!」


 あーあ、ツンデレが、うっすら頰染めて。かいがいしく、蘭さんの世話をやいている。

 言ってることと、やってることが、ぜんぜん、ともなってない。


 ズルイと思ったのか、水のボトルをアリスが奪って運んでいく。

 両側から、かしずかれて、蘭さんはアキトの真向かいにすわった。


 三村くんが苦笑し、二人のあいだに席をとる。

 アキトは苦い顔をし、オタクは、うなった。


「いいですよね。美形は。メイドさんに、あんなことしてもらえるなんて」


 小声で、速水くんがささやいてきた。


 まったくだ。これについては賛同したので、僕はうなずく。

 あそこまでしてくれなくていいから、せめて水は欲しい。


 すると、わが兄は躊躇ちゅうちょなく手をあげた。


「おれも、水」


 さすがだ。こういう遠慮ないとこ、マネできない。


 なんか、猛に呼ばれて、わりと嬉しげに、アリスはやってきた。いそいそとコップを置いて水をそそぐ。

 ついでのようではあったが、僕の前にも水が来た。

 猛のおこぼれか。まあ、心境は複雑だが、ラッキーではある。


 おれも、おれもと、みんなが言いだす。

 アリスは無言で水のボトルを、でんとテーブルに置いた。

 あとの人はセルフでって意味か。

 この待遇の違いは、やはり顔であろうか。

 女って……残酷だ。


 で、この直後、赤城さんが来た。蘭さんのとなりに座ったのだが、このときすでに、アキトの機嫌はおかしかったのだろう。


「ああッ、思いだしたァ!」


 みんなの食事が終わりかけたころ、アキトは急に大声をあげた。


 ああっ、猛、ウナギばっかり、とるなよ。いいだろ、くれくれ——などと、バカな言いあいをしてた僕らは、ビックリしてアキトをふりかえった。


「どっかで見たことあると思ってたんだ。あんた、ガキのころ、ニュースに出てたよな。おれ、おばあちゃんちで見たぜ」


 アキトが差してるのは、あきらかに正面にいる蘭さんだ。

 銀のフォークとスプーンを使って、優雅にパスタを巻いていた蘭さんの手が、ぴくんと止まる。

 その瞬間にアキトの顔に浮かんだ笑みは、たとえようもなく、いやなものだった。


「カラコンなんかつけてるけど、それ、変装のつもり?」

「………」


 蘭さんが黙っているので、いよいよアキトは図に乗ってくる。

 アキト、前からイヤなやつだとは思ってたけど、やっぱり好きになれない。


「ま、かくすよねえ。小一で中年男にさらわれて、イタズラされちゃいました、なんて知られたくないよね」


 えッ? マジですか?


 蘭さん、どうするんだろうと思っていると、落ちついた態度で、蘭さんはフォークとスプーンを置いた。そして、言った。


「おつむのデキが悪いんだな。情報は正確におぼえておくもんだ。さらわれそうになっただけで、まだ犯されたことはない」


「おれの頭が、なんだって! もう一回、言ってみろよ!」


 アキトが興奮して立ちあがる。

 蘭さんに、つめより、こぶしをふりあげた。


 あ、マズイよ、猛、止めてよと、僕が思った瞬間だ。


 蘭さんはポケットから出した手を、さりげなくアキトの脇腹にあてた。

 かるく、なでただけに見えた。

 なのに、アキトは白目をむいて倒れた。スタンガンだ。


 わッと見物人から、悲鳴があがる。


 だが、蘭さんは平気なものだ。

 スタンガンをポケットにしまうと、なにごともなかったように、平然と食事を続ける。


 みんな、ぼうぜんとしている。

 猛や、馬淵さんでさえも。


「なんかぁ、スタンガンの使いかた、なれてませんか?」


 速水くんが耳打ちしてくる。


 たしかに、そうかも。

 さっきの蘭さんの目、怖かった。

 キレイな外がわとは似ても似つかない、凶暴な野獣のような内面が、かいまみえたような気がした。


(いくら腹が立ったからって、あんな簡単に、スタンガンを……)


 動いてるのは、蘭さんだけだ。

 みんなが蘭さんを見つめていた。


 すると、とつぜん——


「わあッ!」


 急に叫んで、淀川くんがアキトに突進していった。


 えっ? なんで? 介抱でもする気か? いや、違った。

 淀川くんは、哀れ泡をふいて倒れたアキトの首から、ハートをむしりとった。

 そのまま食堂から、かけだしていく。


「ああッ、あいつ!」

「まさか?」


 そのまさかだ。

 まもなく、館内放送が入る。


「自首します! アキトを殺したのは、おれです!」


 応えは、すぐにあった。


「淀川さんの自首を認めます。淀川さん、ならびに長谷部さんは敗退です。なお、淀川さんの自首により、ゲーム中のハートは十個になりました」


 うまい! みんなの一瞬のすきをついたファインプレー。

 これで、淀川くんは二千万獲得か。


 あはは、と、三村くんが、バカ明るい声で笑いだす。


「こいつ、目ェ覚ましたら、怒るやろなあ」

「自業自得だよ。今のは、アキトくんが悪い」

 そう言って、赤城さんは、チラリと蘭さんを見た。


 で、このときだ。

 猛が僕に耳打ちしたのは。

「行ってこいよ。淀川は引きとめとく」


 しょうがないなあ。

 僕は猛に言われて、こっそり食堂をぬけだした。

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